悲劇の少女 ゆい
その頃。
真っ白で物が一つもなく、異様な空気が流れている狭い部屋。
17歳ぐらいで、ショートカットの少女がベッドの上で、黒い紐のような物で拘束され、体の自由を奪われていて、目隠しをされている。
その少女はあまりの恐怖で、氷水でも浴びたように体がぶるぶると震えながら、もう会えそうにない家族の事を思い出していて、涙が止まらない。
「お父さん、お母さん、咲、会いたいよ。怖いよ、痛いよ。でも、誰も助けてくれない」
そこに、白衣姿で、30代ぐらいの研究員4人と60代ぐらいで、メガネをかけ、顎に白い髭を生やし、白髪で、白衣姿の博士が部屋に入ってくる。
「ゆい、実験の時間だ」
ゆいが声に気づいた瞬間、まるでマラソンをしているかのように息が荒くなってしまう。
ゆいはついあまりの恐怖で漏らしてしまい、ズボンがびしょ濡れになり、異臭を放つ。
「連れて行け」
「はい」
研究員達4人は何の迷いもなく、まるでがらくたでも扱っているかのように、怖がるゆいを拘束している紐を慣れた手つきで解いていく。
一人の男性が、ゆいの震えている両手に手錠を痕が付くぐらい強くかける。
そして、実験室へと続く、薬品の香りがほんのり漂っているやけに静かな廊下。
ゆいは目隠しをされたまま、目の前に待っている恐怖で体がぶるぶると震えて動けない。
二人の研究員達はまるで死刑執行人のように、ゆいの腕を組み、力ずくで実験室まで誘導している。
その研究員達二人の近くには、二人の研究員と、まるで何かの勝負事に勝利したかのように笑みを浮かべている博士が一緒に付き添っている。
その時、突然近くから男性達の聞き苦しい断末魔と共に銃声とガラスが割れるような騒音が何度も聞こえてくる。
しばらくすると、一人の研究員がまるで幽霊でも見たかのように怖がりながら博士達の目の前に現れる。その研究員はまるで雨に濡れたと勘違いするぐらいの冷や汗をかき、あまりの恐怖で声が震え、早口になってしまっている。
「助けてください、助けてください」
博士は、恐怖で震えている研究員を前にしても、戦場で指示を出す司令官のように表情を一つも変えず、冷静さを保っている。
「君、そんなに騒いでどうした? 異血者でも逃がしたのか?」
「ただの異血者ではありません。最近発見した、新型です」
その時、前から重い足音が聞こえくる。
すると、全身ナスのように紫で艶があり、剣の刃のように鋭く長い爪をした異血者が不気味な声を上げる。
そして、異血者はまるでご馳走でも見ているかのようによだれを垂らしながら博士達の前に現れる。
博士以外の研究員達は、恐ろしい姿をした異血者に恐怖を覚え、腰が抜け、体がガタガタと震え、顔色が一気に真っ青になってしまう。
「なんだよ? どうやって逃げ出したんだ?」
「しかも新型だ! 俺達じゃあ、あっという間に殺されてしまうぞ!」
次の瞬間、異血者はまるでサバンナに生き、鋭い眼光で獲物に向かって走るチーターのような勢いで、奇声を上げながら、鋭い爪で博士達に向かって襲いかかる。
「ヤバイ、殺される。逃げろ!」
その時、博士はまるで戦場で何年も生き抜いてきた兵士のように冷静に指輪のような物を、こちらに向かって来る異血者に向ける。
次の瞬間、指輪から黒い注射針のような物を発射し、弾丸のような速さで異血者の頭部に刺さり、その場でゆっくりと倒れる。
博士は笑みを浮かべながらゆっくりと異血者に近づき、異血者のそばでしゃがみ込む。
研究員達は恐怖が消えているが、異様な行動を取る博士に困惑しているようだ。
「博士! 近づいたら危ないですよ」
「21式針で眠らせたから大丈夫だ」
「21式針?」
「そう言えば、君達にはまだ言ってなかったな」
そう言うと、博士は指輪を外し、研究員達に見せつける。
「この21式針は、私が最近独自に開発した最新型の睡眠銃だ。従来の睡眠銃の10倍の効果がある。さらに軽量化し、指輪型にした。異血者は普段は凶暴で危険な化け物だが、眠らせれば動物みたいなもんだ」
その時、異血者は満月のように黄色い輝きを放っている眼光を開き、瞬きするぐらいの素早さで、博士の腹を鋭い爪で切り裂く。すると、博士の生々しい真っ赤な血が噴水のように辺りに飛び散る。
一方その頃。
研究室では、大西中佐と研究員達2人はまだ立ち話をしている。
その時、突然空襲警報のようなサイレンが爆音で鳴り響く。
「緊急放送、緊急放送。一階、第3研究室で、新型異血者が脱走した。負傷者も複数人出ている。戦闘部隊は速やかに異血者を処理せよ。繰り返す・・・」
大西中佐はこんな危機的な状況にも関わらず、何も起こってないかのように、呑気にライターでタバコに火をつける。大西中佐はまるで霧のような煙を大きく吐く。
研究員達は、そんな大西中佐の姿を目にして、異血者の恐怖で顔色がまるでブルーベリーのように真っ青になってしまう。
研究員達はあまりの焦りで言葉が途切れ、早口になってしまう。
「何呑気にタバコなんて吸ってるんですか! そんな事してる場合じゃないですよ。新型の異血者が脱走したんですよ!」
「まあ、そんなに焦るな。安心しろ。吸い終わったらすぐに異血者の息の根を止めてやるから」
そして、5分後。
一階の廊下。
サイレントが鳴り響き、辺りには、研究員や人軍の死体が15、6人転がっていて、血の海と化している。
血の異臭漂う中、異血者は血まみれになりながら、自分の欲を満たすために殺戮を楽しんでいるようだ。
軍人達5人はアサルトライフルの銃口を、目線の先に居る異血物に向け、死に物狂いで、轟音と共に弾丸を何十発も放つ。しかし、異血者の皮膚が思った以上に硬く、弾が砕ける。
「クソ、なんて体が硬い奴だ。どんだけ撃っても傷一つ付かない」
「諦めるな、撃ち続けろ!」
軍人達の真っ後ろから、なんだか聞き覚えがある声が聞こえてくる。
「お前らが勝ってる相手じゃない。死にたくないなら後ろに下がって、大人しく見てろ。醜い異血者の息の根を止めてやるからよ」
異血者と激しい戦いを繰り広げている中、声に気づいた一人の軍人がふっと後ろを振り向く。
「しかし、大西中佐、相手は新型です。しかもどんだけ銃で撃っても
傷一つ付きません」
「そうですよ。いくら大西中佐でも・・・」
大西中佐はタバコの煙を大きく吐くと、まるでめんこのようにタバコを強く地面に叩きつける。すると、大西中佐はベテランの殺し屋のような鋭い目付きになり、強者のオーラを出しながらゆっくりと異血者に近づく。
「お前ら、俺が血者と言う事を忘れのか? 邪魔だ。 無意味な攻撃はやめて、さっさと退け」
軍人達は銃撃をやめ、銃口を異血者に向けながら、ゆっくりと大西中佐の後ろへと後退する。
「まあ、安心しろ。すぐに楽にしてやるからよ」
大西中佐は一瞬で、背中から2メートルはあると思われる、まるでカラスのような黒い翼を生やす。すると、大西中佐は異血者に向かって、漆黒の鋭い爪を生やして飛びかかる。
その大西中佐の姿はまさにカラスその物だ。
一方その頃。
一階の廊下にいるゆいは、混乱を利用して、隙をついて逃げ出したようで、サイレンが鳴り響く中、一人で手錠をかけられたまま研究内をさまよっている。
「お母さん、お父さん、咲、どこにいるの? 一緒にここから逃げよ」
その時、近くの角から、アサルトライフルを持った軍人2、3人が小走りで現れる。すると、ゆいは咄嗟に、まるで人間に潰されそうで必死に逃げているゴキブリのような素早さで、近くの保管室に逃げ込む。
そこは冷気を感じるぐらい寒く、様々な薬品のような匂いが漂っている白一色で統一された部屋。
ゆいは辺りをキョロキョロ見渡すと、部屋の至る所に、姿形がまったく異なる様々な異血者が、まるでメロンソーダのように緑でシュワシュワした液体が入ったカプセルに入れられている。
「何? この変な部屋?」
ゆいは興味半分で部屋の奥へ奥へと進み出す。
しばらくすると、突然ゆいは足を止まる。そして、ゆいはまるで自分が狂った殺人鬼に殺される前のように、顔色が一気に真っ青になり、頭の中が絶望感でいっぱいになってしまったようだ。
ゆいは目の前の光景に絶望し、ついその場でひざまづく。
ゆいは目にしたのは、水槽のような物に入れられ、雪でも被ったかのように白く凍っている家族3人の生首。
「咲、お母さん、お父さん」
ゆいは家族を失った悲しいさと怖さで大粒の涙を流し、楽しかった食事風景の事を思い出す。
(お姉ちゃん、唐揚げ一個ちょうだい)
(咲は本当に唐揚げが好きだな。俺も好きだけど)
(咲、ゆいから唐揚げをおねだりするのはやめなさい。自分の分があるでしょ)
「咲、お母さん、お父さん」
ゆいは目の前の現実に絶望し、苦しんで泣いてしまう。
その時、そんなゆいの周りから、お日様のような暖かさを感じる。すると、ゆいはなぜだか分からないが、まるで大好きな人に抱きしめられているかのように安心する。
しばらくすると、どこかからお母さんの優しい声が聞こえ始める。
(ゆい、泣かないで。早くここから逃げなさい。きっと心が優しい誰かが助けてくれるから)
「お母さん?」
ゆいは流れてくる涙を止め、辺りを見渡すと、近くに防火扉の非常口がある事に気づく。
一方その頃。
廊下で異血者と激しい戦闘を繰り広げている大西中佐。
大西中佐はカラスのような黒い翼を広げ、動く度に黒い羽を辺りに撒き散らしている。
大西中佐はまるで飛行機が急降下する時のように飛び、カラスのような漆黒の爪で、異血者の腹を切り裂き、辺りにぶどうジュースのような液体が飛び散る。
大西中佐はゆっくりと地面に足をつける。
「手こずらせやがって」
異血者は鼓膜が破れそうになるぐらいの大きな奇声を上げながら、まるで火に興奮した牛のように、剣のような鋭い爪を向け、こちらに突っ込んでくる。
「うるせぇやつだな。まだ動けるのか。しょうがない、お前みたいな奴に使うのはもったいないが、使うか。殺戮クロウ」
そう言うと、大西中佐の翼から、鋭い眼光をした2、30匹のカラスを放つ。そのカラス達は次々に鋭い矢のように異血者の腹を貫き、カラスはどこかへと消えていく。
異血者は心臓を貫かれたため絶命し、何も言わず、ゆっくりとその場に倒れる。
「お前ら、もう大丈夫だ。異血者は死んだ」
隠れていた軍人達5人は異血者の前に行き、異血者が死亡した事に対して驚きを隠せない。
「信じられない。新型の異血者を一人で殺るなんて」
「さすがです。大西中佐」
大西中佐の背中の翼が一瞬で無数の黒い羽になって消えていく。
その時、一人の研究員がまるで何か重大なミスを犯してしまったかのように大慌てで冷や汗をかきながら大西中佐達の前に現れる。
「大変です! 大西中佐」
大西中佐は話にまったく興味がなく、聞き流しているようで、ライターでタバコに火をつける。
「なんだ? そんなに慌てて? 異血者の息の根なら今止めたぞ」
「いえ、異血者の事ではありません。人間の少女は、どこにも見当たりません。恐らく混乱を利用して脱走したと思われます」
大西中佐は目を見開き、持っているタバコを地面に落とす。すると、大西中佐は突然頭に血が上り、まるで別人のように顔色がトマトのように真っ赤になる。
大西中佐はそのまま殴るかのような勢いで、その研究員の首根っこを強く掴み、耳元で怒鳴る。
「何やってるんだ! 人間を逃がした? ふざけるな! あれはどんなに大切な実験道具か知らないのか? あの人間でヴァンパイアが人間に戻れるかも知れないんだぞ。血爆症で苦しんでいる奴らを救えるかもしれないんだぞ。ここは山奥だから日の光が届かないから、俺達ヴァンパイアが外に出ても大丈夫だ。まだそんなに遠くには行ってないはずだ。さっさと研究所の近くを探せ」
一方その頃。
地面がガタガタで、無数の木が生え、通りにくい研究所の近くの険しい山道。
ゆいは逃げるために必死になって手錠を掛けられているのにも関わらず、息を上げながら、険しい山道を走り抜けている。
その日の昼の2時過ぎ。
とある地下奥の薄暗い会議室。
軍服姿の胸に黄金の輝きを放つ、たくさんの勲章を身に付け、偉そうな将校達9人程度と井下中将は円になって、椅子に腰をかけている。
将校達は、不穏な雰囲気が漂う中で、緊急の会議を開いているようだ。
「井下中将、やはり逃げ出した人間の少女をいち早く確保するために、多額の懸賞金をかけ、世間に公表するべきです。人間の事は国家機密ですが、仕方ありません」
その将校の隣にいる将校は、この発言に対して、頭に血が上ったようで、まるで唐辛子でも食べたように顔色が真っ赤になり、猛烈に反論する。
「何を言ってるんですか! 人間の事は重大な国家機密です。それを世間に公表するなどありえません。むしろ論外です」
「いや、私はこう思って・・・」
その将校を初め、将校同士で反論し合い、ざわつき始める。
しばらくすると、井下中将は今の状況に耐えきれなくなり、殴るように机を強く叩く。すると、机に大きな亀裂が入る。
その光景を目にした将校達は完全にビビってしまったようで、一気に動きが止まり、静まる。
「静かに。私の意見としては、事態は深刻だ。少しでも早く人間を確保するために、世間に人間の事を公表して、速やかにこの事態を収束されるのは一番良い手だと思っている」