ヴァンパイア社会
とある地下奥の薄暗い部屋。
そこでは、黒の軍服を着て、胸にはたくさんの黄金の輝きを放つ勲章を身につけ、偉そうな40代から50代ぐらいまでの将校達10人程度が居る。
その将校達は円になって、椅子に腰をかけている。
将校達は暗い雰囲気が漂う中で、ある会議を開いているようだ。
将校達全員はまるでルビーのような赤い瞳をしている。
一人の将校はこう発言する。
「明日で、全人類が原因不明のウイルスによって、ヴァンパイアに変貌してから、実に、21年が経ちます。ヴァンパイアになった我々は、人間の2、3倍の身体能力を持ち、ごく一部のヴァンパイアは血者となり、それぞれ特別な能力が使えるようになりました。ですから、ヴァンパイアは悪い事ばかりではありません」
一人の将校は、この発言に対し、頭に血が上ってしまったようで、少し口調が激しくなり、怒りをぶつけ反論する。
「ですが、人類がヴァンパイアに変貌したせいで、日の光を浴びると焼け死ぬため夜しか外出できませんし、ヴァンパイアな委譲、動物の血を飲まなければいけません。さらに、全ヴァンパイアの3パーセントは血爆症で苦しんでいます。ですから、全ヴァンパイアは人間に戻らなければいけません」
それを耳にした将校達はついさっきまで冷静さを保ち、静やかだったのに、急に頭に血が上ったようで、つい声を張り上げてしまい、寄ってかかって、その将校を責める。
「人間に戻る? そんな方法はどこにあるんですか?」
「そうですよ。この21年間、世界各国の優秀な科学者や医者が熱心に研究しても人間に戻る方法なんて何一つも解明されなかったんですから」
「ですからヴァンパイアを人間に戻すなんて不可能なんですよ」
その不愉快な光景を目にした一番偉そうな片目に刀傷があり、白髪混じりの将校が何一つも表情を変えずに冷静さを保ち、こう発言する。
「ヴァンパイアを人間に戻す方法が見つかるかもしれない。だから君たちを呼んで、会議を開いた」
将校達は一気に静まり、驚きを隠せず、なかなか言葉が出てこないが、しばらくすると一人の将校が恐る恐る口を開く。
「井上中将、人間に戻す方法が見つかるかもしれないって、どういう事ですか?」
「実は、今月、我が軍が、ヴァンパイアに変装していた人間の家族4人を確保した」
それを聞いた将校達はあまりの衝撃で、一気に目を見開き、驚きのあまりつい声を張り上げ、ざわつき始める。
「人間を確保した? 人間は全てヴァンパイアになったはずです。どう言う事ですか?」
「そうですよ。21年前の原因不明のウイルスで人類はすべて・・・」
「まだ詳しい事は分からん。だが、その人間達4人は何かしらの体性があり、ウイルスに感染しなかったと考えている。あくまで私の勝手な憶測だが」
将校達は嬉しくなったようで、一気に太陽のような明るい笑みを浮かべ、ざわつきが喜びに変わる。
「人類には、まだ人間が居たんですね。これは素晴らしい発見です」
「もしかしたら、その確保した人間を使って人体実験をすれば、我々ヴァンパイアが人間に戻る方法が分かるかもしれません。井下中将」
井下中将は急に表情を暗くして、まるで獲物を狙っているワシのような鋭い眼光になり、こう答える。
「既に確保した人間4人は、極秘の研究所の亜・27で、様々な人体実験や生体検査などを行っている。しかし、4人のうち3人は人体実験に耐えきれず死亡した。あとこの事は重大な軍事機密だ。絶対に外部に漏らす事は許さん。良いな?」
将校達は背筋を正し、腹に力を入れて答える。
「はい!」
そして、次の日の夜の7時。
とある家のゴミや物などで散らかっていて、汗のような異臭が漂っている部屋。
高校生ぐらいの茶髪の中肉中背の少年はベッドで大の字になって、まるで親父のような大きないびきをかいっている。その少年はよっぽど幸せな夢でも見ているようで笑みを浮かべながら深い眠りについている。
その時、その少年の耳元にある黒の目覚まし時計から、眠気なんてすぐにぶっ飛ぶほどの爆音が鳴り響いた瞬間、少年が上から強く拳で時計を叩く。
その時計は元の形が分からないほど潰れ、変形し、音が鳴らなくなってしまう。こうすると、その少年は何事もなかったかのように、また深い眠りにつく。
少年の目の前に、呆れた様子のエプロン姿の40代ぐらいで、赤い瞳をした女性が現れる。その女性はあまりの怒りと呆れで耐えきれなくなり、ついつい少年の耳元で怒鳴ってしまう。
「陸! また目覚まし時計壊して。もう夜の7時だから早く起きなさい。学校遅刻するわよ」
陸は目を覚ますどころか呑気に寝言を口にする。
「俺は最強の血者だ」
「陸、もう遅刻しても知らないわよ」
そして、少し時間が経ち。
リビング。
母さんは様々な料理が並べられているテーブルの前で、椅子に腰をかけている。
母さんはマグカップに入っているつやつや輝き、獣臭い香りが漂う血のような液体を飲み干す。
母さんの目線の先にあるテレビからは、30代ぐらいでスーツ姿の男性がニュースを伝えている。
「次のニュースです。今日で、全人類が原因不明のウイルスによって、ヴァンパイアに変貌してから、実に21年が経ちます。今日に至るまで世界中の科学者や医者なのが人間に戻る方法を研究してきましたが、未だに発見されていません。1日でも早く人間に戻れる事を願っています。外出する際には、日の光に十分に気をつけてください」
母さんはニュースを聞いているうちに笑みを浮かべながら懐かしい人間だった頃の記憶が頭の中でよみがってくる。そして、母さんは一人で語り始める。
「もうあれから21年も経つのね。早いわね。あの頃は、昼間から日の光を気にせずに買い物や散歩ができたのに」
その時、寝起きで髪型がぐちゃぐちゃで服装が乱れ、顔色があまりの焦りでブルーベリーのように真っ青になっている陸が大慌てで母さんの前に現れる。
「ヤバい、もう7時半だ! 母さん、なんで起こしてくれなかったの?」
母さんは、焦る陸を前にしても自分にはまったく関係ないかのように表情を一つも変えない。
母さんは目の前にあるこんがり焼け、香ばしい麦の香りが漂うトーストにバターをヘラで優しく塗り込む。すると、トーストの熱さでバターが見る見る間に溶け出し、黄色く染み込む。
「さっき起こしに行ったけど「俺は最強の血者だ」って言って、起きなかったでしょ? いい加減17歳なんだから一人で起きなさい。父さんが見たらきっと呆れるわよ。そんな事より早く夜ご飯食べて、学校に行きなさい」
陸は大慌てで、母さんの正面の椅子座り、目の前にある料理を、まるで腹を空かせたどら犬のように手掴みで次々に空っぽの胃袋に入れていく。
母さんは、そんな陸の姿を見ているうちになんだか嬉しくなり、だんだんと笑顔になっていく。
「陸、いくら急いでるからって手掴みで食べないの。ちゃんと箸使いなさい。それにちゃんと豚の血も飲みなさい。飲まないと栄養失調で死んじゃうから。まあ、飲みすぎもよくないけど」
そして、時間が経ち。
家の近くの人通りが多く、レストランやコンビニなどの店が建ち並び、雑音や大人達の世間話が聞こえてくる賑やかな夜の商店街。
陸は学校に行くために息を上げながら全速力で商店街を走り抜けている。
「ハァハァ、早くしないと遅刻する。急がないと」
その時、近くから、ある少年の声が陸の耳に入ってくる。
「これだけしかないんです。もうやめてください」
街灯の光があまり当たらず、狭く、薄暗く、ビンやペットボトルなどで散らかっている気味の悪い路地。
そこでは、少年が、ガラの悪い制服姿の高校生3人組に強く踏みつけられ、身も服もボロボロになってしまっている。
「2000円しかないって、どう言う事だ? 残りはどこに隠してやがる?」
「本当にこれだけし・・・」
「しょうもない嘘ついてるんじゃねー!」
そう言うと、その不良は頭に血が上り、怒りを込めて、目の前の少年を強く蹴り上げる。すると、その少年はまるで暴風でも受けたかのように勢いよく飛ばされ、近くに停車している自転車をたぎ倒す。
「もうやめてください」
その時、侍のような鋭い表情を浮かべている陸が、不良達の前に現れる。
「弱い者いじめは良くねぇな」
一人の不良は、陸が現れた事に何の問題もないようでヘラヘラと笑いながらゆっくりと陸に近づく。
「なんだメテェ? テメェもあいつみたいに痛い目にあいたいのか?」
「俺はお前らみたいな、弱い者いじめをする奴が大嫌いなんだよ。早くどこかに行け、クズ共!」
その不良は頭に血が上ったようで、手の爪をまるで獣の刃のように鋭くして、陸に襲いかかる。その不良は声を張り上げる。
「今なんて言いやがった? この野郎!」
その時、陸は急に不気味にニヤリと笑みを浮かべ、片手の手のひらからサファイアのように青く輝く、自分の背よりもはるかに長い鎖のような物を形成する。
陸は、こちらに向かってくる不良の腹を、己の鎖でムチでも扱っているかのように勢いよく叩く。その不良はあまりの痛みで腹を押さえたまま地面に転がる。
「いってぇ! なんだ今の?」
この光景を目にした不良達はあまりの恐怖でつい先までの威勢が皆無になり、腰が抜け、その場に倒れ、体がぶるぶると震え出す。
「なんだよ! お前血者だったのか?」
陸は偉そうにズボンのポケットに手を入れ、腰が抜けた不良達を見つめながらゆっくりと近づく。
「そうだよ。俺が全ヴァンパイアの2パーセントしかいない特別なヴァンパイアの血者だ! 早くこいつから取った財布を返してやれ。さもないと」
次の瞬間、陸は瞬きする間に鎖を、倒れている不良の頭のギリギリの地面に刺し、地面に深い亀裂が入る。その不良は目を見開き、あまりの恐怖で言葉すらも出てこない。
「怪我なんてしたくないだろ?」
それを聞いた突端、不良達は一斎に立ち上がり、陸に向かって何度も必死になって、許しをこう。
「本当にすみませんでした。財布もちゃんと返します」
そう言うと、不良達は財布を置き捨て、身ともない声を上げなから、急いでその場から逃げ出す。
陸の手の鎖は一瞬青くピカッと光り、塵になって消えていく。
陸は何の迷いもなく、傷ついた少年に財布を受け渡す。
「お前、ケガ大丈夫か?」
少年は財布を受け取ると、痛む箇所を軽く押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「危ないところを助けていただきありがとうございます」
「この辺は、あんなろくでもない奴らが多いから、次から気を付けろよ」
そして、時間が少し経ち。
高校の3年2組。
8時のチャイムが鳴り響き、40代ぐらいで、鼻の下に髭をもっさりと生やしたスーツ姿の先生が教卓の前で主席を取っている。
「荒木レイナ」
「はい」
そこに、陸が大慌てでドアを開けっぱなしにして教室に現れる。陸はどうやらついさっきまで走っていたようで全身汗だくで息が荒い。
陸は咄嗟に周りを見渡す。すると、陸はどうやら安心したようで一度大きく息を吐く。
「良かった、まだ授業始まってない。ギリギリセーフだ」
先生は陸の態度に怒りを覚え、顔色がトマトのように真っ赤になり、つい声を張り上げってしまう。
「完全にアウトだ。大村! お前は何回遅刻すれば気が済むんだ?」
陸はまるで病人のように顔色が真っ青になり、必死に先程の出来事を語り始める。
「稲垣先生、今日は違うんです。不良に絡まれていた奴を助けていたから学校に遅れたんです。信じてください」
クラスの皆は、陸の今の状況が笑いのツボに入ってしまったようでゲラゲラと笑い出す。
「陸の奴、また変な言い訳言ってやがるぞ」
「そんな嘘ついても分かるんだぞ」
そう言うと、稲垣先生の頭の中で、少年を助けている逞しい陸の姿が、白黒の風景で思い浮かんでくる。
稲垣先生はどうやら怒りが収まったようで顔色が元に戻る。
「そうか、今回は本当みたいだな。俺は血者だから、どんなに上手い嘘をついても、その人を見れば過去にした事がすぐに頭の中に浮かんできて真実が分かるんだ。それに確かに人助けは良い事だが、もう遅刻するのはやめてくれ。お前が遅刻する度に、頭に血が上って、俺の血圧がもっと上がるからな」
そして、午後の授業が終わり、深夜休みの0時30半過ぎ。
生徒達のふざけ話がよく聞こえてくる3年2組の前の廊下。
陸と青髪でブルーベリーのようなつやがある青い瞳をした少年。
その二人は窓からはっきりと見え、暗闇の夜空に浮かぶ、まるで電球のように黄色い光を放っている真ん丸満月を観賞しながら、笑みを浮かべて会話をしている。
「よく見ると月って綺麗だな。カイト、今日も学校終わったら、武道の練習するのか?」
「今日はしない。母さんのお見舞いに行くから」
それを聞いた陸は急に笑みが消え、まゆげが下に下がり、心配そうにつぶらな赤い瞳でカイトをじっと見つめる。
「確か、お前の母さんは血爆症なんだろ? 大丈夫なのか?」
カイトは気にしてないのか、陸に心配をかけないように気を使っているのか分からないが、それでも笑顔を絶やたずにこう答える。
「まあ、大丈夫だ。血爆症って言っても、まだステージ1だし、治療薬ができればすぐに治るから」