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島田魁

 藤田が京都府警察部を辞すと、すでに陽が中天にあった。本願寺の辺りに、旨い蕎麦屋があった事を思い出し、七条まで下る。


 新選組は、本願寺を屯所にしていた時期もあったから、この界隈はよく知っていた。


「あれ、斎藤さんじゃないっすか」

 店に入ると、二杯目を前にした、お人好しの偉丈夫に声を掛けられた。

「ご無沙汰ですね、お元気そうで何よりっす」

 藤田は、十年前と変わらぬその笑顔に安堵し、微かな苦笑いを浮かべる。

「貴殿程ではないな、島田さん。それに今は、藤田だ。藤田五郎」

 島田魁は、新選組の諸士調役兼監察を務め、二番隊伍長であった。怪力で裏表がなく、信のおける人物である。


「そうでした。じゃ、藤田さん。新聞見ましたよ、大活躍っすね」

黙って向かいに腰を下ろし、盛り蕎麦を注文した藤田に、島田はこの九月に終結した、西南の役の話題を振った。警部補である藤田は、豊後口警視徴募隊二番小隊の半隊長として、西南の役を戦った。負傷しながらも大砲二門を奪う活躍を見せ、その戦い振りは、東京日日新聞に報道された。それを、京都の島田が知っているということは、わざわざ知らせる者がいたのだろう。

「お陰で、うちの道場も盛況なんですよ」

「それは良かった」

 素っ気の無い相鎚を、相手は気に留めなかった。もとより藤田の、斎藤の言葉に感情が表れる事は少ない。


「そういえば、『出る』って噂ですぜ」

 島田が、唐突に別の話題を挙げた。

「何の話だ」

「亡霊です。それも、どうもあの伊東さんらしいんです」

 真顔でそう言った島田に、藤田は耳を疑った。

 かつて斎藤は、亡霊騒動に興じる隊士達を、霊など気の迷いに過ぎぬと、叱り付けたことがある。それは、島田も知っているはずだ。

 しかし同時に、今朝の出来事を思い出す。

 気の迷いと片付けるには、あまりに鮮明であった。確かに言葉を交わした青年が、目の前で別人の言葉を発し、更には、その姿を消したのだ。

「詳しく、話してくれないか」

 藤田がそう言うと、一蹴されるとばかり思っていたのであろうか、島田は目を見開き、心底驚いた表情を見せた。そして、巷間に流れる噂を語った。


 場所は、七条油小路辺り。月のある夜に、役者の様に顔が良く、黒の羽織袴を身に着けた人物が現れるという。今年の八月下旬以降、ちょうど、藤田の西南の役での活躍が報じられた頃から、騒がれ始めた。

「懐かしい名前を、二人も続きに聞いたと思ったんで、よく覚えてますよ」

「確かに、伊東さんだと言われればそうかもしれん。だが、断定はできんだろう」

「何も俺だって、信じちゃあいませんよ。いつの間にか、伊東さんだということになってたもんで。それにしても珍しいっすね。斎っ藤田さんが、この手の話に興味を持つとは」


 そこで、藤田が朝に出会った書生の話をすると、島田は頭を掻いた。

「すみません、変な話しちまって。京なんかに来たもんだから、夢でも見たんですよ」

「新選組の斎藤一なら、そう断言しただろうな」

 藤田は、低く呟いた。

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