第1話:曹沖、生誕する
―――ッ!!!
臀部にピシリと刺すような痛みを感じて目を覚ます。
重たい瞼をゆっくりと開ける。
視界がぼやける中、ゆっくりとぼやっとした光は像を結んでいく。
まず、視界へ入ってきたのは逆さまになったしわくちゃの日焼けた顔の巨大な老婆の姿だった。
「…――ッ!?」
『老婆! 寶寶呼吸回來了!』
老婆は中国語のような言語で大声で捲したてる。
そして、僕の体を首を支えるようにして大きく、美人な女性へと手渡す。
体が抱き上げられるとその女性の手がゆっくりと俺のおでこをなぞり、俺の頭を撫でる。
『一個可愛的小男孩。 外觀類似於曹操。』
その優しい感触に自然と瞼は重くなっていき、自ずと意識は微睡みの海へと舟を漕ぎだした。
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唐突だが、僕の身の上が判明した。
曹沖倉舒。
三国志で有名な曹操の第八子である。
この曹沖は忠実では曹操に溺愛され、儒教思想が強く長幼の序を重んじる、たとえ長男が無能で次男が有能だったとしても後継者になるのは長男というのが当たり前な古代中国においても、曹操が曹沖の死後に後継者たる曹丕に向かって
「これは我が不幸であるが、お前たちにとっては幸いである」
と、皮肉を言い放ったほど、大層気に入られた曹操の実子である。
数々の逸話が後の世に残るほどの天才児で、『曹沖、象を量る』や『鼠の齧り跡』、『中国最古の冥婚』など話に事欠かない人物である。
しかし、同時に悲しい事実も判明する。この曹沖、いや、僕は忠実の通りであれば13歳で夭折、つまり、死ぬのだ。
しかも、その理由が父である曹操が華佗を重用しなかったので、華佗が医学書をとりにいくと出て行ったまま故郷へ帰り戻らなかった為、怒った曹操が華佗をみつけて投獄し、拷問の果てに殺してしまった事に悲嘆して死んだとも言われている。
本当に洒落にならない。
嘆死とか訳がわからないし、僕が死んだことにより親友になるであろう周不疑も暗殺されてしまうし、異母兄の曹丕は父の曹操に対して捻くれてしまう。
2歳にもなろうとしてきたこの頃、せめて読み書きぐらいは出来なければと思い、古代中国語と日本語の違いに悪戦苦闘しながら学んでいたらいつのまにか神童と周囲に持て囃されるようになった。
中国には科挙という全国模試も真っ青なレベルの試験もあるので、この程度くらいいるだろうと思っていたら、時折混じってしまう日本語をある種のパターンを持った意味がある記号だと気づいた先生が
「沖様は文字を学ぶだけでなく、自分の物として暗号化して纏めておる!!!」
と、声高に周囲に言いふらしたもので、周囲の大人達は僕を見る時は少し値踏みをするような視線を向けたり、露骨にこちらを計ってこようとする質問を投げかけてくることが多くなった。
そうなると必然的に父である曹操の耳にも入る訳で、いきなり会いに来ては少々の問答をしたら、忠実の通り、大層俺のことを気に入ってくれて会いに来る時はお土産を持ってきたり、猫可愛がりをしてくれてる。
そんな僕は転生してから常に考えていることがある。
生まれ変わったら曹沖だったが嘆死したくない!!!