第4話別視点 惨劇前の一幕approaching destiny
草木生い茂る山深くに雄々しい体格をした集団がいた。その中のひとり、周囲の者たちとは服装も纏う覇気も一線を画す男は、しかし表情を曇らせていた。
黒を基調としつつ血を想起させる暗赤色の線でまとめた隊服は使い込むほどに重々しさを増し、胸元の勲章の数も新兵の時よりは増えた。どれだけ出世しても、でっぷりと肥えた腹をより大きな軍服で無理やり縛りあげた豚のような上司にはなりたくないものだ、この兵隊たちを指揮するグレイ・アンチノウンはそう思う。
「上官である前にいち兵士であれ。」この男の信条である。
今回の作戦の目的は『錬成媒体』の発見及び回収。突然、「秘宝を回収せよ」と命令され出向いた次第だ。どういった経緯で所在を特定されたのかと尋ねても、軍の機密事項で通される始末。「秘宝」が実在するのかは眉唾物だが、子供の遊びではないのだ。「ないものを取ってこい。」なんて宝探しを、腐っても軍の部隊にさせることはない…と信じたい。
「『あるはずのないものを見つけられなかった罪』で処罰する、とかじゃなきゃいいんだが…」
近年、帝国周辺はキナ臭い状況になりつつあった。それに影響されて、今では国民ですら「侵略セヨ、蹂躙セヨ」というスローガンを躊躇せずに口に出す。国中が戦争の熱に浮かされて沸騰しているようにグレイは感じていた。
胸元の銀色に煌くペンダントを手に持ち親指でロックを弾く。そこには家族写真があった。普段は狼を彷彿とさせるほどざっくばらんに切られた髪を、整髪料で無理やり撫で付けたグレイ、椅子には綺麗な金を溶かして紡がれた髪の女性、そしてその女性が膝の上で布に包まれて抱えられた白金の少女の三人が写っている。
彼女たちに楽な生活をさせてあげられるようにより多くの給料を。そのために1日も早く昇進しなければ…
そこまで考えて、男はため息をついた。今日の作戦内容欄に記載された注意事項についてだ。
’『錬成媒体』の入手においては、手段を問わない。また、進行地域は所属未確定の空白地帯にある山地の一角故、万が一他国の軍と遭遇した場合は国籍、人数等を確認の上、指定敵国であれば抹殺せよ。しかし、最優先は気づかれないことである。よって、現地民族、社会共同体は…’
その先は読まなかった。一度目を通して記憶したからというのもあるが、何度も読みたい内容ではなかった。
仕事に私情を挟むな、というのは男が兵隊の学校を卒業した手で配属された隊の先輩の言だ。理由は今ならわかる。自分の正義感と折り合いがつけられなくなるからだ。正義感という尺度で測ると、どうしても私的に容認できない作戦が必ずある。公的な任務において正義感など鎖だ。理性と感情のせめぎ合い、ではなく、理性と欺瞞のせめぎ合い。因みに、助言をした先輩は戦闘中の逡巡で死んだ。
「家族のために、罪の無い無抵抗の人間を殺す…」
血塗られた手で稼いだお金で家族を養う己の姿を思い浮かべる。想像の中で、グレイはうまく笑えていなかった。
朝日が昇る。金色の陽光は男の横顔を詰るように灼く。