Sigurd side 桃
ジェフス・オルダリー。フェネトという街に住むごく一般的な敬虔なる神父の名である。
彼は街はずれの教会に住み込みで勤めており、毎日3回祭壇で神に祈りを捧げ、街に買い物に赴けば老若男女問わずあいさつされるほど信頼されている。
豊富にたくわえられたひげは白さは重ねた年月を物語り、どことなく光を感じさせぬ灰色の目は彼に英知と落ち着きを感じさせる。その神父然とした威厳の反面、住民に話しかけられたら相手の言葉を噛みしめるように話し込み、よく笑う。
頬は痩けているものの、笑えば収縮した皮膚により目尻にできるしわが、彼の威厳をほどよく緩和し、人の良さに拍車をかけていた。
ジェフスはこの日、教会近くを流れる川に洗濯をしに来ていた。数日前、例のごとく食料の買い出しに行った際に、溜まっている洗濯物のことを思いだしてついでとばかりに購入したせっけんはしかし、翌日から雨が降り続いたせいで今日まで活躍の機会をおあずけされていた。
(ほほほ、ただでさえ溜まっていた洗濯物がさらに増えてしまったわい。老体にはこたえる…)
日照りが続くよりも雨が降るほうがよっぽど良い。人間は水なしでは生きられないのだから。とはいえ、神に仕える身でありながら折悪く到来した長雨と、それにより生じた重労働には不満を隠せない。
住民にとっては、いかにも神父らしい雰囲気だけではない、そのどことなく滲み出る人間味こそが、彼にとっつきやすさを与える魅力なのだった。
***
ようやく川の水面が視認できるまで近づいたときのことだ。川岸に丸っこい人間大の物体を見つけたとき、彼は己の目を疑った。
人間大といったが、それもそのはず。
人が、川岸に打ち上げられていたのだ。
正確な年齢はもちろんわからないが、顔を確認するまでもなく背格好から子供であることはすぐに察しがついた。
ジェフスは洗濯物など放り捨てて少年の元まで駆けつけた。
(冷たい…じゃが脈はある!)
上半身が地面に打ちあがっていたことが幸いした。そうでなければどうなっていたかは想像に難くない。
背後から複数の足音が近づいてきた。
「どうした。急に走り出して…?」
「おとこのこだ!おとこのこがいる!」
「ほんとうだわ、あらたいへん!生きてるの?」
「バズ、サク、クシカ……ああ、だいじょうぶじゃ。ちゃんと生きておる…」
ジェススは思索を巡らせた。
実は、彼が生活している教会は別の側面をもっている。
孤児院。それも「捨て子」だけの。
(たしかに、環境は整っておる。これ以上ないほど…いっそ作為的なまでに。)
これを偶然の遭難と捉えるか、それとも人の意思による捨て子と見るか。
神父は目と口を閉じた。やるせなさげな笑みを浮かべたのち、空を仰いだ。
(このせかいに神などおらん…わしがこの子を拾おうが、見ぬふりをしようがきっと『結末』は変わらぬ。捨て子を拾おうと善行にはならず、どうしようとわしは『地獄』に落ちるであろうな。)
光を感じさせない昏い目で、この場にいる四人の少年少女を見まわした。