婚約破棄されたから魔法で復讐しよう……としたら一目惚れされた
「マロル、貴様との婚約を破棄する!」
「…………」
煌びやかなパーティーの中。衆人の中、婚約者に爆弾を落とされた。婚約破棄。あなたとは結婚しませんよと言う宣言。
ついに来たか。彼の愛が私に向いていない事は分かっていた。だから、前々からこの事態は予想していたのだ。
賢い女ならば、色々策謀を巡らしていたところだろう。だが、生憎……私は根回しなどしていない。
何故なら私は――戦う事しか能のない女――だからだ。
私ーーマロルは魔導師だ。その強さは王国の中でも上の方だと思う。だからまあ、金はある。それなりの名誉もあった。
けれども……伴侶がいなかった。
王国上位の女魔導師という肩書きは恋愛で役に立たない。寧ろ枷だ。だって単独で巨龍を倒しちゃう女なんて、誰だって嫌だろう。
私がもう少し器用であれば、この武力を恋愛の力に出来たかもしれない。でも生憎……私は不器用だった。戦う事でしか生きられない女。それが私。
男はみな恐れ慄き、女達は――戦う事しか脳のない女――と蔑んだ。これから先、ずっと1人で生きて行くのだろう……。
そう考えていた時――彼が現れた。
「マロル。僕と婚約してくれないか?」
「……はい?」
1年前、訓練中だった私に彼は突然言い放ったのだ。あまりの驚きに私は思わず小屋を3つ吹き飛ばしてしまった。
だって仕方ないだろう。殿方に縁がなかったのに突然婚約だよ?! 彼は貴族の息子で、国の為に戦う私に惚れたという。
もう、目の前がクラクラした。誰かに好きと言われる事がこんなに快感だったなんて……どんな勝利の美酒よりもそれは甘美なものだった。
私は彼の申し入れを受け婚約した。
彼の為に何でもしてあげようと思った。この魔導の力も彼が望むなら、喜んで振るった。
彼に必要とされたい。彼に愛されたかったから。
慣れない料理や化粧。身の回りのことにも精を出した。上等な見てくれではなかったが、彼の隣に立つものとして恥は掻かせたくなかったからだ。
不愉快な噂が流れる事もあった。だが、それは彼と敵対する貴族共の戯言。気にもならない。私は彼が全てだったから。
それなのに――――。
「あんな野蛮人の相手をするのは大変だよ」
「あらあら」
ある日見てしまった。愛する彼が、何処かの令嬢と私を蔑み合う所を。
「そんな事言っては可哀想よ。アレだって一応女なんだし」
「はぁ……家の為にあの武力は役に立つが……あの野蛮人の機嫌をとるのは苦痛でしょうがないよ」
「頑張って……もう直ぐアレも用済みよ」
「ああ、早く君と一緒になりたいよ」
2人は唇を重ねる。幸せは崩れ去った。
結局の所、彼は私の武力目的で私に近づいたのだろう。女としてではなく武器として私は見られていたのだ。
あはは……馬鹿みたい。ただ1人で浮かれてただけなんだね。
「ーーーー! ーーーー!」
彼は声高らかに語り出した。それはそれは、裏から策略を回し説得力に満ちた嘘のことば。
「…………」
唇を噛み締め、私は俯く。ああ……腸が煮えくり返りそうだ。
どの口がそんな事を言ってるのだろうか。私利私欲に満ちた嘘の言葉。言葉。言葉。
よくよく考えれば不自然な事も沢山あった。でも恋に浮かれていた私は気づかなかった。さぞかし操り易いバカ女だったのだろう。ああ……バカ。ほんと、バカみたい。
「…………」
例の令嬢が馬鹿貴族の傍でほくそ笑んでいた。あーあ、さぞかし良いご気分だろう事。
「ーーよって貴様は反逆罪として牢獄に入れる!」
え、なになに。いつの間に私、反逆者に仕立て上げられてたの? あちゃー、いつの間に。
令嬢の口元が三日月に歪んでいた。そしてクソ貴族がニヤリと笑うのも見逃さない。
国の為、あいつの為に尽くしてきたのに私を反逆者に仕立て上げたのか。そうかそうか……。
……ま、別に良いんだけどね。どうせ今からやる事は……反逆罪になりそうだし。
「…………」
「……何だその眼は」
私はクソ貴族を真っ直ぐ見据える。見てろ。これが、馬鹿なりに考えたお前への復讐だ。
戦場を知らない奴に、戦場の恐怖を教えてやろう。私は呪文を詠唱する。するとーーーー。
「……え」
貴族の呆けた顔が見えた。
体に力が漲る。ドレスが裂け、そこからムクムクと湧き上がるのは鱗。
「うっ……うぐうふぅうぅうううはあああぁ…………」
力が漲るのを感じる。口角が裂け、牙が伸びる。体は筋骨隆々と膨れ上がり二対の翼が羽を伸ばす。
「ふううぅぅうぅうぅ…………久々だけど、うまぐいっだわね」
パーティー客の全てが顔面蒼白になり、私を見つめている。
竜化。私は巨大な竜に変貌した。高位の魔導士のみが使える魔法だ。まさかこんな事に使うとは思わなかったが……まあ良い。これにより、私は復讐を遂げる。
「ひっ……あ……うあ………」
令嬢はへたり込み……あーあ、漏らしてる。無理もないか。今まで舞踏会と紅茶しか知らない人生だもの。
「うっ……ああ……ひっうわああああ?!」
「?! ち、ちょっと置いてかないで!」
クソ貴族は令嬢を置いて1人に逃げ出す。ふふっ、みっともない。今になってやっと分かったかしら。魔導士を騙したらどういう事になるのかって。
私は大きく息を吸ってーーーー咆哮。
会場のガラスが割れ、人々は逃げ惑う。辺りは大混乱だ。……あらあら、クソ令嬢ちゃんったら泡吹いて気絶してるじゃない。ちょっとご挨拶しただけなのに。
クソ貴族は……。
「……っ」
あーあ、へたり込んで泣いてる。かわいそうに。でもね、許さない。もう結末は決まってるんだ。どうせ私はこの後殺されるんだから。
「ま、マロル。頼む……許してくれ」
「懺悔の言葉なら地獄で聞くわ」
私は腕を振り上げる。こいつを殺して私も死ぬ。それが結末だ。
「ひっ。や、やめてく……」
「さようなら」
力任せに腕を振り下ろす。手に伝わる感触は肉が潰れる音ーー
ーーーーではなかった。何か硬いものにぶち当たる感触。
「…………?」
何だ? 何が起こったんだ? 恐る恐る腕を上げるとそこにはクソ貴族とーー見知らぬ男。
手には一振りの大剣ーー鞘に入ったままの。あれで私の一撃を受け止めたのだろう。何者か知らないが竜の一撃を正面から受け止めるなんてかなりの力量だ。
「なんだぎざまは?」
「…………」
復讐で頭が一杯で気がつかなかったが……何だこいつは。パーティー用の礼服に身を包んではいるが、その筋骨隆々とした体躯を隠せてはいない。浅黒い肌に頬には大きな傷。
騎士だろうか? まあ一般人では無いのは明らかだ。……というか何でこいつはパーティーに大剣なんか持ち込んでるんだ? アホなのか。
「……」
その男はゴツゴツとした顔を渋くさせ、何かを考える様にずっと私を見つめている。
「ベ、ベゼモール公……」
クソ貴族がポツリと呟く。……こいつがベゼモール公か。噂で聞いた事がある。辺境の国に、高い爵位を持ちながら前線で腕をふるう貴族がいると。
……だが、今はどうでも良い。誰でも良いが私の邪魔をーーーー。
「……よし、決めた!」
「……あ゛?」
「お前、俺の嫁になれ!」
ベゼモールは大剣で私を指し、声高らかに宣言する。…………は? い、今なんて?
「は?」
「その豪快さと豪傑さが気に入った! 俺の元にこいっ!」
ど、どうやら聞き間違えではなかった様だ。な、何なんだこいつは。突然乱入して来たと思えば……プ、プロポーズ?!
「ふ、ふざげるなっ!! なにを゛ぎゅうに訳のわがらないごどを!」
「いーや、俺は大真面目だ」
「……っ」
ベゼモールは真剣な眼差しで私を見据える。くっ……そ、そうか。クソ貴族に雇われて私を懐柔しようとしてるんだな!
「わ、わだじはそのクソ貴族を殺さなければならない! 邪魔をするならお前も殺す!」
再び腕を振り下ろす。今度は先程より、強い一撃だ。しかし、再びベゼモールに受け止められる。
「良い一撃だっ……ますます惚れた!」
「……っ」
くそっ。こいつ……強い。畜生……何なんだこいつは。折角の復讐の機会なのに……どいつもこいつも私の心を踏み躙りやがって!
「ぐそっ! みんな、わだじの心を何だと!」
全力で腕を振るう。だが、またもや受け止められーーそして。
「ふんっ!」
「なっ……!?」
ベゼモールの一撃で私の腕が大きく跳ね上げられる。し、信じられない。竜の腕をカチ上げるなんて……。
「……っどこに?!」
一瞬の動揺。その隙にベゼモールを見失う。ーー首元に迫っていた。やばい、弱点の逆鱗が。
刹那、ベゼモールが囁くのを聞いた。
「気持ちは分かる。たがーー」
「がふっ?!」
喉元に強い衝撃。目の前に火花が散る。変化が保てない。やば、竜化が解ける。
空中で変化が解けて、私はそのまま真っ逆様に地面へ叩きつけられ……。ふわりと強固な腕に抱きとめられる。
「えっ……」
目の前には浅黒いゴツゴツとした顔。大きな傷跡。真の強い眼。だが、今はとても優しい眼差しをしていた。
ベゼモールはゆっくりと口を開く。
「たった一傷つけられただけで、全てを投げ出すな。生きることをぞんざいに扱うな……マロル」
「あ……」
眼の奥が堪らなく熱くなるのを感じた。溜まりに溜まった感情が噴き出してくる。
「う、うあ……うあああああああああっ」
「もう大丈夫だ。辛かったな」
わしわしと、乱暴だが確かに優しく撫でられる。たくましい胸板が、全て涙を受け止めてくれる気がして存分にーーーー泣いた。
■ ■ ■ ■
ガタゴトと馬車が揺れる。ふと、後ろを見ると祖国が景色と共に遠ざかって行く。
「……恋しいか?」
隣に座るベゼモールが言う。正面、遠くの景色を見据えたまま。
「いえ……」
寂しくない……と言えば嘘になる。長年過ごした祖国なのだから。
ーーあの騒ぎの結果。私は国を出る事になった。当然だ。あんな事をして国に留まれる訳が無い。しかし……奇跡的に罪人にはならなかった。本来なら処刑されていてもおかしくはない。それを免れたのはーー。
「あの、改めて本当にありがとうございました」
「いや、俺は何もしとらんよ」
あの後、ベゼモール公は腰を抜かすクソ貴族に駆け寄り何かを耳打ちした。端的に言うと、それにより私は処刑を免れたのだ。
その瞬間蒼白だったクソ貴族の顔から更に血の気が引くのを覚えている。
「あの青二才はたたけば埃が幾らでも出るような奴だったの事だ」
「……」
まあ確かに裏で色々悪どい事をしてそうだが。……私以外も沢山の女が泣かされていたのだろう。
「奴は今頃大変だろうなぁ。恋人には見放されて……ついでに色々爆弾投げといたわ」
……やっぱり色々やったみたいです。議会やら何やらに追求の嵐らしい。ま、ざまあみろだ。
「して、ベゼモール様は何故あの時あそこに?」
「ん? あの、青二才が婚約破棄をすると聞いてな。しかも、相手は魔導士マロル。これは見に行かない訳にはいかないだろう」
「……」
がっはっはっと豪快に笑いながらゼルベールは言う。なんか面白がられてない?
「まああとついでに嫁探しだな。どうにも中々しっくりこなくてな。どいつもこいつも貧弱過ぎる。そこでマロルだ。一目惚れだよ」
ベゼモール様の基準を満たす強さは難しいんじゃないだろうか。なんだか少し天然なのかな?
「ふふっ」
「……? どうした」
「……何でもありません」
「……なら良いが」
腑に落ちなさそうなベゼモール様。だが、笑う私を見て少し眼を丸くする。
「どうしたんですか?」
「初めて笑った顔を見た。可愛いじゃないか」
「……っ」
突然の事に無償に恥ずかしくなる。な、何を急に可愛いなんて。…………でも嬉しい。偽りの言葉じゃなくて、本当の言葉だから。
「…………」
「…………? どうしましたか?」
ふと見るとベゼモール様は再び正面を見据えていた。そして、真剣な顔で口を開く。
「半ば強引に連れてきてしまったが…………良かったか?」
「…………」
……そんな事愚問だ。返事の代わりに私はーーーーベゼモール様の頬に短くキスをする。
「んおっ? ど、どうした」
「……こんな私の事、受け止められるのベゼモール様しかいませんよ」
この人ならどんな事も受け止めてくれる。だから、私はこの人について行く。
「ふっ、そうかもな」
「ええ、きっとそうです」
空は真っ青に晴れ渡っている。2人を乗せた馬車は、力強く森を駆け抜けていった。