表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

約束

作者: 片瀬

この行為に、一体どれほどの意味があるというのだろう。

愛だなんてばかばかしい。気持ちいいから、すっきりするから、バイトなんかよりよっぽど割がいいから、こんなことをしているんだ。……気持ちいいのに、お金だってたくさんもらえるのに、ちっとも満たされない。虚しさばかりが募って、それでも人恋しさを埋める方法なんて知らなくて。

何をしているんだ、と声をかけてくれた先生が、まるで神様みたいに見えた。寂しいなら俺が相手をしてやるから、自分のことを大切にしてくれ。先生のその言葉を俺はよく覚えている。まだ独身だった先生が言ったのだからなおさらかもしれない。

その言葉が嘘であろうとなかろうと、心の塊がしゅわりと溶けていくのが感じられた。強く抱きしめてくれた先生の温かさは、たぶん一生忘れられない。


「春さん、どうしてあの時俺に声をかけたの。」

ふっと心に浮かんだことを尋ねてみた。世間の言う正しさなんかに囚われ、俺なんかと結ばれ、結婚もできないままに生涯を終えようとする者への質問には、あまりに酷だったかもしれない。

「今さらそれ聞くのかよ。」

掠れた咳をし、辛そうにしながらも春さんの目はちゃんと俺を映していた。その目の中に、後悔なんてものはひとつも混じっていないように見えた。

「お前が、昔の俺みたいでな。」

懐かしそうに春さんはほほえんだ。

「えっ、先生も?」

思わず昔の呼び方が口をついた。何十年と共に過ごしてきたのに初めて聞いた話だった。

「先生っておまえ、懐かしいなあ。」

なんか照れくさいな、とあたたかく笑う春さんと、やっぱり最期まで一緒にいたいと思ってしまう。

「その時助けてくれた先生には感謝してもしきれない。思えば、それが初恋だったしな。」

なんてな、と春さんははにかんだ。春さんの学生時代を見たような気がして、なんだか嬉しくなった。

「……やっぱ、お前を残して逝きたくないなぁ。」

不意に声が小さくなった。見れば、目元にはうっすら涙がにじんでいる。また、春さんが大きくせきこんだ。胸が締め付けられる。一人だった頃を思い出しそうで、必死にこらえた。

「なあ、冬樹。冬が終わったら、一緒に逝こうか。」

どうだ、と茶目っ気を混ぜつつ笑う春さんは、あの頃と変わらず、ただ優しかった。

「……うん。一人は、もういや。」

そうか、と満足気な春さんにキスをした。この寒さを乗り越えたら、もう彼の生まれた季節はやって来ないのだ。

冬の間はあなたと笑っていよう。春を迎えることがなくたって、きっと自分たちはやっていける。だから、あと少しだけ。少しだけ、この世界で幸せをかみしめよう。

小指を絡ませる。

「約束。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ