第一話 レキオスとは。
レキオスは、十字の形をした島である。
大きく南北に伸びた菱形に、東西に伸びる小さな菱形を重ねた様な、鋭角な形をした十字だ。
中央部から北部にかけては、広くヤンバルの森が広がり、魔獣、悪霊、妖魔、妖怪と言った人に害をなす存在から、聖獣、神霊、土地神、仙道と言った、人に恵みや福をもたらす神聖なものまで、玉石混交に生息する、神秘の密林が広がっている。
また、この森にはイフリート、シルフィード、ウンディーネ、ノームと言った人間種族以外の種族も暮らしているとされ、中南部に広がる人里は別の、独自のコミュニティが作られている。
少し、先走って書いてしまったが、中南部には人里が広がっている。
但し、人里と言っても、村や町と言った小さな共同体ば借りを差すのではない。
人間種族による国家。レキオス王国の首都も此処に在る。
中南部沿岸の奈覇と呼ばれる地、その土地の小高い丘にある酒里と呼ばれる土地がこの国の首都だ。
酒里の丘の上に有る酒里城は、赤い瓦と赤い漆喰に彩られた極彩色の城郭であり、紅蓮城の異名を取る豪勢な城だ。
この紅蓮城が政治の中心となり、政策や祭事、国家行事などを執り行う一方で、奈覇の町は商業と経済の中心地となり、港には諸外国の船が、日夜途切れることなく乗り継いでいる。
別に、レキオスの産業が素晴らしいものであるから。というわけでは無い。
レキオスという島は、海上交通の要所に存在している島であり、レキオスを取り囲む多くの周囲の国々から、貿易の中継地点として、もしくは、寄港地として乗り上げられているのだ。
その為に、レキオスの貿易地点の要の地である奈覇の街には、大陸に在り、四千年もの歴史と文明を築き上げて来た極東の大国・シナイ、レキオスと同じく島国でありながら、鉱山と肥沃な大地に恵まれた千年の王国である和の国・ジパング、三日月の国・マーレ、南方の蓮とも呼ばれる・ロウラン、涅槃の王国・タイランド、その他、数え上げればキリが無いほどの国々がこの街の港に訪れる。
そうして、数多くの人が集まれば、金が集まる。金が集まれば、人が集まる。
その結果、自然と、北部は森林で人間以外の者の土地、南部は都会で人間達の土地。という、暗黙の了解とでも言うべきものが形成されてしまった。
レキオスの政治体制、行政機関、また、レキオスを取り巻く国際情勢というものは少々複雑なので、此処で話を切り上げ、話しをレキオスの地理に戻す。
レキオス本島の周囲には、思い思いの形をした大きな島が五つ。
イリオモテ、ロックシード、ケラマ、アマンデー、ヨーナダム。
この、合計六個の島によって構成される列島と、大小合わせて数百にも及ぶ小さな島々を地盤として建国されたのが、南洋の神領、レキオス王国だ。
気候は温暖。一年を通して安定した気温をしており、冬でも雪は降らない。また、安定して暖かい気候であるがゆえに、猛暑日と言った突出した暑い日というものは存在せず、実は、夏の方が過ごしやすく快適な生活を行うことができる。
また、冬でも雪は降らない。と、明記したが、それは地上の事に限定される。
迷宮、魔宮とも呼ばれる入り組んだ洞窟の地下には、一年を通して溶けることの無い氷や、地下に降る雪が止むことなく降り続くこともあるあるという。
けれどもそれは、命知らずの冒険家や、一部の学者が欲や知的好奇心に駆られていくばかりであり、大抵の人は絶対にそう言う場所へは寄りつくことさえ、忌避するものだ。
だから、一部の例外を除いたごく一般的な感想に立っていえば、この島で雪を見ることなど、人の一生の内にはまずありえないと言っていい。
主食は、米。そして芋。食用の家畜は豚が多く、料理も豚肉を使った料理が多い。
その一方で、農業だけでなく、漁業も盛んである為、魚肉も日常的によく食べられる。
ただ、傾向としては、農業に従事する農民よりも、漁業に従事する漁民の方が尊ばれる向きに在り、親戚の中に漁師が一人いるだけで、村中に自慢することも出来たりする。
理由は一つ。
海が、美しいからだ。
星の形をした白い砂で出来た浜辺、その先に広がるのは、何処までも透き通る石英の様に美しい水。
丘の上から眺めれば、翡翠の様な鮮やかな緑色から、淡く輝く群青色、そして、全てを飲み込むようにどこまでも続く紺碧へと、見事なグラデーションを見せている。
少々、芝居がかり、かつ脚色じみた表現になるが、レキオスの海を見たものは、例外なく皆、こう言うという。
この海を見なければ良かった。
もう、この海以上に美しいものを見ることは無いから。と。
この事を差して、レキオスは、世界が恋する島とも言われる。
そして、それが故に、この島では海を相手取って生活の基盤とし、海での生活だけで生計を立てることをできる者を、一族はおろか、共同体の誇りとしているのだ。
さて、前置きが長くなった。
レキオスという島。それを取り巻く世界について、極々僅かな事しか明かしていないとは言え、それらの叙述に少々長く文字を取られてしまった。
しかし私が書きたいのは、このレキオスという島、其の物の存在では無い。
この島に住む、一人の少年の事だ。
その少年は今、夜の帳が開き始めたこの美しい海の砂浜を、一心不乱に走り回っていた。
その少年の名は、具志堅信高という。この物語の主人公である。