武能祭、3日目?にて・・・ 3
武能祭中止の発表があった日の午後、Zクラスも筵が帰ってきた後に少したってから流れで解散となり、筵はとある病室の前まで来ていた。
「調子はどうだい?日室くん」
筵はその病室をノックして返事をもらった後に入室すると、そのベットの上で上半身だけ起こした状態でいる人物に向けて声をかけた。
その人物、日室刀牙は予想もしていなかった来客に、一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに嫌気のない笑顔を筵に向けて、中へと招き入れた。
筵が病室の中に入ると入り口から死角になっている所に、事件の一番の被害者であり、一番の加害者でもある、白髪で赤い目をした少女が椅子に腰かけながら寝息を立てていた。
筵は一時、殺意を向けたその少女を一瞬見た後、再び刀牙に視線を向けた。
そして喋り始めようとしたのだが、筵は言葉を詰まらせてしまった。
今回に関しては、刀牙が怪我をしたものの、かぐやと憩は、無傷の状態でこのピンチを乗り切っていた。
今までの筵からしたら、また守る相手を増やしたこと以外は特に文句は無く、その人数も単純計算では筵の方が多いため、責めれた事では無かった。
「今日はこの前の合宿の時みたいに怒っているわけでは無いから、なんと言おうか迷うのだけど・・・うーん・・・そうだね、ではここはアドバイスという形を取らせてもらうけど、僕も君も、愚者で居られる時間はそろそろ終わりなのではないかとそんな気がするんだ。君は鈍感でいることを止めて、僕は道化である事を止める。そういう時が近づいている・・・。まあ、と言ってもすぐに変えられない事は体験談で知っているから、せめてこの話を頭の片隅にでも置いてくれればと思って話した次第だよ。・・・ああそうだ、これはお見舞いの品ってやつだから、ここに置かせてもらうね」
筵はそう言うと手に持っていた、袋に入っている箱状のものを机の上に置いた。筵のその行動に刀牙は再び驚いたような表情を見せる。
「いやいや、毒なんて入っていないから安心してくれ。君が死んで困るのは僕の方だからね」
「□□□□□□□」
「なるほど、僕がこの様な物を持ってきたこと自体に驚いていたのか、ただ言っておくと僕は礼儀知らずではないよ、礼儀を知らないふりをしているだけさ」
筵はそれから一瞬、間を開けたあと病室の出口の方へ体を反転させ、眠っている白髪、赤眼の少女の方を見る。
「君と僕は根本的に違う。僕は日々を共に過ごす人が困っていたら何をしてでも助けたいと思う。しかし例えば、それが見ず知らずの人だったなら、見て見ぬ振りを堂々とするだろう。でも君は困っている人がいたら助けずにはいられない。そしてやがてその人が大切な人になっていく。・・・普通の人間はどっちなんだろうと考えると、やはりその中間がしっくり来ると思う。普通の人は僕ほど他人に冷たくないし君ほど温かくもない。・・・いや、ここはあえて"温くもない"というと言葉を使わせてもらうかな、君のその温い行いで煮え切らない思いをしている人の事を考えてね。今日はそんな何処かの誰かさんの不平不満を幻聴として聞いて、お節介にも足を運んでしまったわけさ、だからさっき僕の言った言葉は少々真面目に考えてくれると助かるかな、・・・ではまあ、長々と話してしまったけど、本当にこれで帰らせてもらうよ。早く完治してまた世界を救ってくれよ」
筵はそう言い残し、出口の方に向かって歩き出す、すると今度は刀牙が筵を呼び止める。
「□□□□□□□」
刀牙の思いもよらぬ言葉に筵は一瞬、驚いた後に背を向けたままの状態でそれに答える。
「嬉しい申し出だけど、その答えはNOだ。君は人たらしだから同性からも異性からも嫌われる事が少なくて、僕みたいな奴が新鮮なのかもしれないけど、こっちからしたらたまったものではない。それに仲良くすることだけが人間関係ではないと僕は思うよ。仲が良くないことで相乗効果を発揮する人間関係もある、僕と君が特にそれだ。もっとも僻んでいるのは僕の方からだけだけどね・・・」
筵は両手を軽く上げて、ため息をついた。そして退出するために歩き出そうとしたその時、再び刀牙が先程よりも少し大きな声で語りかけてくる。
「□□□□□□□□」
刀牙の言葉は筵にとって想像だにしない、驚くべきものであった。しかし何故だか、それは筵にとって受け入れ難いものではなくしっくりと来るものがあった。
影が光を眩しく思っていると同時に、光もまた影の安定を欲していた。それは自分とは逆の方向に突き抜けている、ある意味では決して追いつくことの出来ない存在に対する尊敬にも似た感情だった。
「それは嬉しいことを言ってくれるね」
筵は最後に振り返り、共に小さく笑い合うと、それ以上何も言わずに今度こそ、刀牙のいる病室を後にした。