武能祭、3日目?にて・・・ 2
「筵先輩、どうでしたか?武能祭の方は?」
筵が説明会を終えてZクラスに入ると、ドアの付近まで出迎えに来たカトリーナが目を輝かせながら可愛らしく首をかしげて聞いてくる。もっともその光源はよくある"¥"のマークだったのだが。
「ああ結局、大会は中止で賞金は山分けということになったよ」
「・・・ということはだいたい1/10くらいですか〜、ん〜まあ、あのままやってても何か人知を超越するものの力で、最終的には優勝とか出来なそうですから、1/10でも手に入っただけ良しとしますか」
カトリーナは最初、不満そうな顔でいたが、少し考えた後、渋々ながら納得した様子になる。
「カトリーナちゃんは、まるで僕の人生を見てきたみたいに正確な分析をするね。僕も全く同意見だよ。・・・ということで淵ちゃん不甲斐ない結果でごめんね。優勝は出来なかったよ」
大会出場前に淵には"絶対に優勝してください"みたいな事を言われていたため、筵はそれについて謝罪する。
「・・・別にいいですよ。今回は仕方ありませんし、それに筵先輩は負けてませんから・・・」
淵は本から目を離さずに、しかし少し照れくさそうな仕草で言った。
その言葉を聞いたZクラス全員がニヤニヤとした顔を淵に向ける。
「な、なんなんですか、その反応は!?」
淵はZクラスを見渡しながら、全員に向かって言った。
それでも全員のニヤニヤは収まらず、しばらくそのまま時が過ぎていく。そして、そろそろ潮時とばかりに筵が一度咳払いをした後、淵に向かって語りかける。
「そう、僕は負けないよ。君がそう望むなら」
筵はできる限りのいい声で淵に向かって手を差し伸べながら言うと、まるでそれが合図であったかのように、全員、正式には湖畔以外の全員が悟ったような顔になる。
「・・・なんか恥ずかしさよりも腹立たしさが先に来ました。おかげで羞恥心は吹っ飛びましたけど、でも殴っていいですか?」
「淵ちゃんのいろんな表情が見れた上に殴ってもらえるなんて、まさに捨てるところが無いと言った感じだね。"アンコウか!"とツッコミを入れたくなるよ」
「いや、人を勝手にアンコウに例えないでください。あんまりいい気分しませんから」
「そうなんだ・・・・・・ああ、例え繋がりで、淵ちゃんをなにかの虫に例えた後、"本の虫か!"と言うツッコミがしたいから協力して」
淵の言葉に筵は腕組みをして、しばらく考え事をしている様に目を瞑った後に、何かを思いつき手を叩く。
「何その斬新な持っていき方!?、と言うか虫に例えないでください!」
「おやおや、淵ちゃんもしかして虫・・・」
「"虫の居所が悪い"とかは言わせませんよ」
淵は本当に虫の居所が悪そうな表情をとる。
「どうやら本当に虫が好かない様だから、本の虫という例えはまた今度にしよう」
「永遠にしなくていいです。そして虫が好かないも出来れば阻止したかったですね」
淵は少しの悔しそうな顔で言うと、筵は淵の読んでいる本に目を向ける。
「ところで淵ちゃんは何読んでるの、・・・うわぁ、分厚い本だね。これはもう完全に本・・・。」
「本の虫ではないですよ」
淵は筵の喋っている途中、キッパリとした口調で割って入った。
「・・・い、いや〜、今は"本田筵か!"と言おうとしたんだよ」
「いや、本の虫と本田筵って少しだけ似てますけど、今、言った意味が全く分からないですよ。・・・そしてなにより史上最悪の例えはやめてください、こんな侮辱は始めてです」
「あれれ、これ侮辱されてるの僕じゃないかな〜」
筵は淵の侮辱にもいつもの半笑いを変えることなく優しい視線を向けた。
気づくと周りの生徒もそれぞれ自分の暇つぶしに戻っていた。
梨理は漫画、れん子は雑誌、譜緒流手はイヤホンを付けながら机に突っ伏していて、カトリーナは湖畔と共にゲームの協力プレイをしている。
秋と冬の中間、午前中と正午の境の日差しがZクラスを包み、穏やかな時間がその場に流れていた。
そして教室内はゲームのタップ音、雑誌や漫画をめくる音などの微かな音が有るだけで耳に心地よく、それは俗に言う、心休まる沈黙であり、それこそ家族の団欒のようなものだった。
しかし、それは筵が自分の理想を求めて作ってきた空間であり、未来の子供たちの一件で少しずつ変えようとしている、今の筵の心にとって、毒ほど悪いものではないが、薬ほど良いものとも言えなかった。
勿論、筵が愛し方が変わってもこの空間は変わらないのかもしれない、だがそんなリスクを負うよりも、思わず停滞を選択してしまいそうになる、そんな完璧に見える空間だった。
筵はそんな事を思いながら自分の席につき、数秒間、考え事をする様に窓の外に目を向けていた。
「筵先輩も一緒にやりませんか?」
筵が振り向くと、屈託の無い笑顔を持った湖畔とカトリーナが自分たちの持ったゲーム機を強調しながら聞いてきていた。
その申し出を受けた筵は誰にも気付かれないように一度、死んだ後、復活して湖畔たちに屈託の無い、いつもの半笑いを向けた。