武能祭、3日目?にて・・・ 1
「人は生きていれば必ず間違える。間違いを犯す。そこ履き違えてはいけない。故にこの世界で生きていく上で何が必要か?それは間違え方を間違えない事だ」
「くっ!!」
Zクラスの教室内、筵は神妙な面持ちで言い、それを聞いた譜緒流手は少し焦ったような表情で額に汗をかく。
「確かにそうですよね。世の中は学校のテストとは全然違うとは言いますが、得点の配分が異なるという面で一緒ですからね。例えば、一般常識でも礼儀がなってないのと、ハンカチを持ち歩いていないのでは大きく違いますからね」
その状況を見た淵が読んでいる本から目を離さずに筵と譜緒流手の会話に入って来る。
昨日、ハーベストの襲撃で多少の怪我をおってしまった淵だが、あれからすぐに意識を取り戻して、今でもまだ服の下に少しの包帯を巻いている様だが、特に後遺症は無いらしい。
「淵ちゃん、・・・流石だね。でもこれは、如何にそれっぽく、名言みたいなことを言えるか、という勝負だったんだよ?」
「なっ!?」
筵がいつもの半笑いをさらに強調させながら言うと、淵はカッと顔を紅くして恥ずかしそうな顔になる。
「これは淵が優勝ですかね、筵さん?」
「悔しいけど、そうだね〜。本から目を離さずにボソッと言ったのも、なかなかの高評価だしね。何せこの勝負の評価基準は、その内容だけでなく、パフォーマンス点も込みだから」
譜緒流手と筵の幼馴染みコンビは息の合った様子で可愛い後輩いじる。
それを受けて淵はどんどんと顔を紅らめていった。
本来ならば今日は、武能祭の4回戦と準決勝が行われるはずだったのだが、会場の崩壊の件で現在、各学園の理事長が会議を行っていて、筵たちは、例のごとくZクラスで待機している状態であった。
「いや、もう辞めてあげて!?淵ちゃんの顔が信じられないくらい真っ赤だから」
その状態に雑誌を読んで暇を潰していたれん子が止めに入る。
「まあ、それもそうだね。じゃあ次のお題は、テレビを見ててイラッとした成功者の言葉にする?」
「おっ、いいね〜」
筵が続いてのお題を決めると譜緒流手もさらにそれに乗っかって同調した。
すると、その時、"ガラガラ"とZクラスのドアが開く音が響いた。
「よくない。何だそのネガティブなお題は」
その言葉の主は、ペストマスクのようなマスクをつけた、背の低い女性で、一応、このクラスの担任の教師、納屋蜂鳥であった。
「あ、あなたはファッションキチ○イ先生!?」
「やめろ、伏字にしたことは褒めてやるが、やめろ」
「ええ〜、ファッションがヤバいと言うのと、虚飾でヤバいやつを演じていると言う二つの意味を持つ面白いやつなのに」
「面白くない、上手くもない。そして教師を的確に分析するんじゃない」
「的確だとは思っているんですね」
それから蜂鳥は"はあ"とため息をつき、Zクラスに訪れた理由を話し始める。
「筵、会議が終わったぞ。現在、勝ち残っている者達は会議室に集合しろとの事だ」
「なるほど、それは楽しみですね」
筵は小さく笑うと、蜂鳥とともに教室を出ていった。
会議の内容を要約すると、やはり武能祭を再開するのは困難という事になったらしい。
その表向きの理由は人工能力者の少女に対応するために、出場者も能力を使い過ぎたり、負傷したりしているためであった。そしてその他にも、そう何度も全国の学園の理事長や優秀な学生を一つの場所に集めるのは、危険という結論であった。
まあ勿論それも事実なのだが、しかし、本当のところは残り4回戦と準決勝、決勝を残した所で、関東支部から4人も出場者が残っていて、上位を独占される恐れがあるため、ほかの学園、特に出場者が全員敗退してしまっている学園からの反対が多かったのだろう。
話を聞いた、現在勝ち残っていた者達は複雑な顔をしていたが、勝ち残っている人の中には、見るからにケガをしている出場者もいて、何よりも今回の事件を解決した日室刀牙は、その場には居らず、ベッドの上で安静にしているらしかった。
皆、そのことを考えると渋々ながら納得するしか無かったのだろう。
筵も各学園の理事長たちが話している時には何も言わず、興味無さそうに聞いていたのだが、各学園の理事長たちが話を終えようとした時、おもむろに手を挙げる。
「何とも歯切れの悪い終わりですね。まあそんなのはどうでもいいのですが、肝心の賞金はどうなるんですか?」
筵が発言すると、一瞬にしてシーンとした空気がその場を包み、蜂鳥とかぐやが頭に手を当ててため息をつく。
「賞金は現在勝ち残っている人達で、山分けですよ本田くん。皆、ハーベスト討伐に手を貸してくれましたからね。・・・一人を除いては」
議長のようなことを務めていた学園中部支部の理事長である30代後半の落ち着いた感じの男が筵の質問に答える。
「おやおや、それは誰の事を言っているのですか?・・・まあ、誰の事を言っているにしろ、次回からはそんな奴が、はばからない様な、"ちゃんとした"、"出来損ないでは無い"ルールを作って下さいよ。・・・それにしても自分たちの怠惰を棚に上げて、責任を人に押し付ける人っているよな〜、そういう人がもしも、組織のトップとかだったら怖いと思いません?」
2人とも直接でないにしろ、相手を中傷する様な発言をした後、お互いに含みを持った笑顔を向ける。
「ほ、本田くん。質問はもういいですか?」
今度は、関東支部の理事長が引きつった笑顔を向けながら聞いてくる。
「ええ、質問したかった事はそれだけです」
筵は自分の学園の理事長に引きつっていない笑顔を向けながら答えた。
「あんた、あの状況でよく賞金の事聞けたわね。本当に尊敬するわ」
「誇りだとか、変な空気感のせいで本当にしたい事、言いたい事が言えないのは日本人の悪い所だと思うな〜。僕は、そんな誇りはちりとりで集めてゴミ箱に捨てて、変な空気はしっかり換気してクリーンにすべきだと思っただけだよ」
説明会の様なものが終了して、生徒達はバラバラと解散している中、かぐやが少し離れた席から筵の方を向かずに話しかけてくる。
そして筵はそれに対して少しのドヤ顔を向けながら答えると、かぐやは疲れたような顔をする。そこで一旦会話が止まってしまったため、筵は話を変えて質問をする。
「それにしても、日室くんはまた欠席かい?」
「あんたも知ってるでしょ?昨日ので入院中よ」
筵の質問にかぐやは少しつまらなそうな顔で答えて、さらに続ける。
「あんたのところは、気楽そうでいいわね。何もかもが」
「気楽とはハーベストと戦わなくていいことがかい?それとも人間関係がかい?」
「・・・だから何もかもがって言っているでしょ。あんた、あんたの居ないZクラスってどんな感じか知ってる?」
「いや、あまり見たことがないけど普段と変わらなかったら良いなとは思うよ」
「・・・良かったわね。譜緒流手たちはあんたが居なくても楽しそうにやってたわよ」
「それはそれで複雑な気持ちにはなるけど、ここは喜んでおくべきかな、藤居さんも来てもいいんだよ?」
筵の言葉にかぐやは一瞬、ビックリした様子を見せるがすぐに真顔に戻る。
「はあ、冗談やめてよ。あんたと刀牙だったら、99%、刀牙に決まってるでしょ?・・・・・・ただZクラスのあんたが居なくて成り立ってるあの感じが少し羨ましく思うだけ」
かぐやはきっと、困っている子を助けない刀牙は自分の惚れた刀牙らしく無い。しかし助けられた子はきっとライバルになってしまう。というジレンマの中にいるのだろう。
そして、そうやって刀牙の周りに集まった者達は、どうしても刀牙が居ないと成り立たなくなってしまう。これは全員が刀牙に惚れているために起こってしまう仕方の無い現象と言えるだろう。
筵は最初からそうならないように気をつけて、今のZクラスの形を成り立たせただけに、常人にそこまで求めるのは酷な話であった。
そもそも、自分に明確な恋愛感情を向けさせないように行動する、というのはある意味でとても自意識過剰な行為であり、普通にしていたら全員が自分に惚れてしまうと仮定できないと成しえない行動だった。
「じゃあ、私は行くわ」
かぐやはゆっくりと椅子から立ち上がる。
「まあ、いつでも相談に乗るから」
「いや今のは相談とかじゃないから」
かぐやは"マジで止めて"というような顔で言うと会議室を退室して行った。
筵もそれからしばらくたった後、さすがに不可侵な領域の話であると感じ、無力感から来るため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり会議のドアの方へと向かっていった。