武能祭、初日にて(夜)・・・ 3
「君みたいな可愛い女の子を1人で帰らせるのも危ないから、どうだい今日はうちに泊まって行くかい?」
本田家の前まで着いた筵が宇宙主義を自宅に誘うと、宇宙主義はその言動に慌てる様子も無く苦笑いを浮かべた。
「女の子をさらっと家に泊めようとする辺り、流石ですね。いえ貴方の本当に凄いところは、それを100%の善意で言っている事ですかね」
宇宙主義も筵という人物がどういう奴なのか分かってきたようで淡々と言ったが、当の本人の筵は半笑いを浮かべながら"で?どっちにする?"と言うような顔をしていた。
「遠慮させて頂きます。もう迎えの船を呼びましたから。貴方もそろそろ休んだらどうです?明日も武能祭というものがあるのでしょう?」
「いや、僕には休息は必要無いよ。そういう能力だからね」
「そうですか。それは便利な能力ですね。あまり羨ましいとは思えませんが・・・・」
宇宙主義は一瞬、哀しそうな顔をした後、なにか言おうとして躊躇した様な様子になる。
それからしばし時間がたつと、空に小さく発光体が現れ、それが徐々に大きくなっていくのが分かった。
そして本田家の自宅の前の道路を埋め尽くす位の大きさの発光体が、驚くほど静かに宇宙主義の前に着陸する。
その発光体は小型の宇宙船であり、どうやらこれが宇宙主義の言っていた迎えの様だった。
「それでは、帰りますね」
そう言うと宇宙主義は宇宙船の入口あたりから伸びてきた階段を登って行く。
「今日はありがとうね。ポリたんも何か困った事があったら、君の4人目の友達を自称する僕に何でも言ってほしいな」
筵は嘘偽りの無い言葉で宇宙主義に感謝の告げると、宇宙主義は宇宙船の入口の前で立ち止まり、しばらくの葛藤があった後、振り返って口を開いた。
「あなたに伝えなくてはならないことがあります。しかし、もし貴方がこの事に気づいていないのだとしたら、とても残酷な宣告になってしまいます」
「告白とかでは無いみたいだね。・・・教えてくれるかな?」
筵の言葉に宇宙主義は何度か、言葉を発する事を躊躇するような仕草を見せる、その仕草から改めて宇宙主義が普通の女の子と変わらないことを再認識した。
「我々は貴方の能力について調べました。貴方はすでに気付いているかも知れないですけど、貴方の能力は他の者のそれとは大きく違います。"死んだら10秒以内に蘇らなければならない能力"それは最終的に死んでは生き返るという事を無限に繰り返すだけの存在になってしまうのではないのですか?」
宇宙主義の言葉から数秒の間が空いた後、今度は筵が諦めたように口を開いた。
「・・・そうだね。僕もそこに気付かないほど鈍感ではないよ。ただ死ぬ方法を探す事は、自分の弱点を自分で探す事になるからね。だから動けずにいる・・・」
病気等の影響が全くない純粋な終焉が、何歳なのかは分からない。しかし必ず訪れるいつか、まだ果てしなく遠く感じる、そのいつかに対する恐怖は筵の中に確かに存在する。
それは余命わずかの人が感じる恐怖の何百分の一程のもので、眠れぬ夜にふと思い出す程度の言いようの無い未来に対する不安感のようなものだが、確かにそこにあり続ける慢性的な恐怖だった。
「自分を殺す方法は、もう探し始めないと手遅れになるかもしれない。それどころかすでに手遅れなのかもしれないね。・・・ただ、それらはすべて定かでは無いけれど、一つだけ確かなことがある。それは僕はまだ、永遠に死に続けるわけにはいかないということだね」
死んでは生き返る、そんな事を無限に繰り返すだけの存在。それは数多の知識を持ったAIとしても、まだ未熟な心を持った少女としても、痛ましいと思え、そして無様な存在だと分析できた。
自分に勝利した人物をそんな無様な状態にするわけにはいかない。さらに機械で侵略者の自分を友達などと簡単に言ってしまう目の前の人間に手を貸してやりたいと、純粋な心は感じた。
「・・・なら我々が・・・"筵"、貴方を4人目の強敵と認め、リベンジのためにどうにか殺す方法を見つけ出します。そして何時か貴方の寝首を掻きに来ます。絶対に・・・」
それは不器用な言い回しだったが筵には十分すぎるほど伝わった。
「そうだね。では首を洗って待ってるよ」
2人は共に笑い合うと、宇宙主義は再び振り返り宇宙船の中に入ろうとする。
「こんな夜中に騒がしいわね」
穏やかな声がその場に響き、本田家のドアが開くと、中から世界最強の能力者が顔を出した。
栖は目の前の様子を確認すると驚いた様子もなく口を開いた。
「あらあら、ポリちゃんじゃない?久しぶりね」
栖が優しく声を掛けると、宇宙主義は手を震わせながら栖の方を指差す。
「エ、エクロキサの女王!?何故貴女がここに!!」
宇宙主義は今までに無いくらいに"驚き"という感情を露にして筵の方を見る。
「ま、まさか、筵、騙しましたね!?」
「何をどう騙しのか、分からないのだけど?」
筵は宇宙主義の反応から、おそらく宇宙主義が栖の支配する異世界にも訪れた事があるのだと察した。
「ポリちゃんよかったら上がって行かない?」
「け、結構です」
宇宙主義は再び筵に睨みを効かせた後、小型の宇宙船にすごい勢いで入っていき宇宙へと消えていった。
それから数十分後に、差出人不明の長々とした謝罪のメールが筵の携帯電話に届き、筵はその愛らしさに敬意を表して"ポリ子たん"という名前で電話帳登録を行った。