武能祭、初日にて(夜)・・・ 1
武能祭初日が終了して、皆が帰路につき、早い人なら・・・例えば、Zクラスで言うと淵辺りは、そろそろ寝る位の時間帯。
「まさか、君がこのようなことを仕掛けてくるなんてねー、・・・本田君」
かなり広めの日本家屋の前で誰かを待ちぐせしていた筵は、目の前に現れたフードをかぶった人物に向かって話しかけた。
その人物は、一瞬、驚いて硬直した後、諦めたのかフードをとって正体を明かした。
「はあ、なんでバレてしまったんですかね?あなたを甘く見ていたという事ですか?」
姿を表したのは、前夜祭で挨拶を交わした本田一星であった。
「いいや、不良って、案外話してみるといい人なんだって事だね。そして同時に人に依頼をする時は慎重にやらなくてはいけないという事でもある」
筵は家の塀に寄っかかった状態から一星と真っ直ぐ向き合う態勢になり、話を続ける。
「少し前に来た、お友達はそこで寝ているから、連れて帰ってあげてね。もし娘を誘拐しようとしたって狭間さんが聞いたらブチ切れて海に沈められると思うから」
筵は数名の道端で倒れている人を指さした後、塀にかかった鈍空という表札に軽く触れる。
淵の実家はいわゆる堅気でない事をされていて、淵を攻略?する時には何回か殺されそうになって、実際に何回も死んで、ようやく認めらて、今では一目置かれている状況なのだが、それは今はあまり関係の無い話である。
「なるほど、ここは失敗しましたか・・・。しかし刺客を送ったのはここだけではないですよ?貴方がここにいるということは他の誘拐は恙無く成功しているでしょう。何せそちらにもAクラス級の刺客を送りましたから」
「・・・それは本当に君が仕組んだことなのかい?どうにも君にはAクラスレベルの人員を何人も操って、誘拐なんて不当なことをさせられる権力がある様には見えなかったけど?」
筵は淵以外のZクラスのメンバーも狙われている、という話を聞いても焦る様子がなく一星に質問する。
「そんな事を気にしている場合かい?他の方たちの心配をすべきではないですか?」
「ああ、そのことなら問題ないよ。2年の子達はもともと大丈夫だろうし、1年生の方には、それこそ"魔王級"の助っ人を送っておいたからね。現にほら」
筵がそう言うと自分の携帯を操作し、一星に見せる。そこにはZクラス全員からの安全を知らせるメッセージが届いていた。
「君も、もう観念したらどうかな?そろそろ、その本田一星の仮面をとって本当の正体を表したらどうだい?」
筵は一星の方を見ながら指を差す。その筵の顔は自信に満ちた表情でウザいくらいのドヤ顔を何時もの半笑いと併用して浮かべていた。
しかしこの時、筵が抱いていた感情は、ただの違和感程度であった。ただなんとなく、見た目は前夜祭で顔を合わせた一星そのものである目の前の人物が本人ではない気がした。
前夜祭で顔をあわせた一星は良くも悪くも、そういった事を行動に移すことが出来る人間には思えなかった。
「多分変身能力とかかな?・・・変身能力はどんなに精度が高くても現在の、評価基準だと冷遇される傾向にあるから、そこを誰かに利用されたって所かな?」
現在の能力の評価基準はハーベストとの戦闘適性で決まる。変身能力はどんなに優れていても戦闘では腕を刃物にする位のことしか出来ないため、良くてもDクラスほどが妥当であった。
筵の推理を聞いたら一星は、一瞬驚き、諦めたようにため息をついた。
「・・・はあ、情報通り、気持ち悪い程の洞察力ね」
一星の姿をしたその人物が能力を解くと、一瞬、光に包まれ、おそらく高校生程と思われる少女が姿を表した。
「しかし、利用されたとは聞き捨てなりません。あの方は私の事を理解してくださった」
「ふーん、でも理解だったら僕の方がしてあげられると思うなー、冷遇されている人の気持ちがわかるのは、同じく冷遇されている人だろ?・・・君の苦しみは痛いほどよく分かる、だから僕と友達にならないかい?」
筵は少女に手を差しのべて握手を求める様な態勢になる。
「そんなに心のこもっていないお誘いは、はじめてですね」
「僕は形から入るのが得意なんだ、寧ろ形から入る事しか出来ないまであるくらいだね」
筵は複雑な表情を浮かべている少女を知り目に、さらに持論を展開していく。
「今はただ君から情報を引き出したいだけだとしても、そこから昵懇の仲になる事もあるだろ、"心なんて後からでもいくらでも込められる"そういうモノだと思うよ」
「・・・なるほど"情報を引き出したい"とわざわざ白状するのが貴方のやり方なんですね。自分は裏表のない人間だと伝える事で敵同士にしろ、一種の歪んだ信頼が生まれてしまう。勉強になりますね」
「ちょっとちょっと、冷静に分析するのはやめて欲しいなー。恥ずかしくなるだろ?・・・でもそうだね、勉強になったんなら教育料として目的だけでも教えてくれないかい?じゃなかったら君を拷問しなくてはならないからね」
筵は半笑いを崩すことなく言った。
「貴方には無理でしょう?1回戦見ましたよ」
少女は筵の武能祭での1回戦で筵が庵への明確な攻撃をしなかった事を指して言う。
「あれはただ必要が無かったから、しなかっただけだよ。必要があったら、特に僕の大好きな子達に危害が及ぶようなら、容赦できないかな?」
筵は手を構え禍々しい闇を纏った万年筆型の魔剣、サンスティロを呼び出し、ペン先を少女の方に向けながら言った。
少女は筵の持つ魔剣の禍々しい雰囲気を感じて、1歩下がって、拳を構える。
しかし、しばらく硬直状態が続いたあと、少女は本能で逃げられないと悟ったのか構えた拳を下ろす。
「洗いざらいでなくていいよ。ただ誘拐しようとした理由を教えてくらないかい?」
「・・・くっ、分かりました」
少女は諦めて悔しそうな表情を浮かべながら、知っている限りの目的を語った。
「なるほどそういう事か、よく分かったよ。・・・でもごめんね君の能力は厄介だから、ここで消えてもらう事にするよ」
筵はそう言うと再びサンスティロを構えて、自身の血を与えるとサンスティロのダニの様な部分の腹が直径1mほどに膨れ上がって、ペン先から血を放出する。
「・・・っ!!」
それに恐怖を感じた少女は、再び臨戦態勢に入って、最後の足掻きという様に自身の腕を剣に変え、筵に斬り掛かる。
「すぐに終わるから大人しくしててね」
筵は少女が斬り掛かってくるのを確認すると、最初の方に放出していた少量の血を消費して能力を発動させた。
すると同時に魔法陣が出現して、その中から植物の蔦のようなものが大量に召喚されて少女に絡み付いていく。
蔦が少ない内は抵抗していたものの、無限に出現するそれをさばききれなくなった少女は、やがて身動きが取れなくなってしまった。
筵は使ってしまった分の血を再びサンスティロに吸わせ、全ての血を放出した。
「や、やめて・・・」
少女は目に薄ら涙を浮かべる。
「ごめんね、それはダメなんだ」
筵は半笑いを浮かべたまま言うと、周りの大量の血が光を放ち出した。