武能祭、初日にて・・・ 5
「い、いらっしゃいませ〜。や、安いですよ〜」
Zクラスの屋台の前、湖畔が弱々しい声で恥ずかしがりながら客引きを行っている。
しかし弱々しい声ながらも湖畔の男なのに可愛いという所が老若男女に受けていて、イケメンや美人を配置するよりもよほど効果がある風に思われた。
「椎名さんの容姿には本当に驚きましたね。最初、誰だか分かりませんでしたからね」
安住が鉄板の上でハンバーグをひっくり返しながら言った。
「ええ!?未来の湖畔くんてどんなになってるのすごい興味あるんだけど」
「未来の椎名さんは、もう超絶イケメンだよ。お母」
譜緒流手の疑問に娘である愛巣がポテトを揚げながら答える。因みに愛巣の能力、治外法権的家庭内規則でプライベートルーム内の人間は火傷や怪我というルールを設定して、皆、安全に作業することが出来ている。
「俳優と父さんの懐刀を両立しててカッコイイんだよなー」
アジトは出来上がった材料を組み合わせてハンバーガーを作成しながら言った。
しかし、アジトの言葉を聞いた譜緒流手は違うところに疑問を感じた。
「と言うか、懐刀って筵が一体何者なの?」
「ああ、父さんは、・・・」
「こほん」
譜緒流手の質問に答えそうになったアジトの台詞を安住が咳払いで止める。
「アジト、あなたの所はそういう事は言ってはダメだと聞かされなかったの?」
「ああ、やべえそうだった、わりい安住」
「気をつけなさいよ、まったく・・・」
安住はまるで実の弟に向けて言うようにアジトを叱りつけると、浅くため息を漏らした。
「安住〜、もうそろそろポテト揚げ終わりでいいの?」
「あと12秒揚げた状態がベストよ」
続いて愛巣が安住に向って質問すると、安住は正確過ぎる指示を出した。
客の方も湖畔と子供店員、そして恐らく梨理、カトリーナの宣伝効果により着々と増えつつあった。
「ここがZクラスの屋台かよ?見窄らしいなー」
急に関東支部の制服を着た男女の集団が現れ、Zクラスの屋台を見るなり馬鹿にしたように鼻で笑った。
制服の紋章を見る限り、2年、Bクラスの集団の様だった。
「あんまり、邪魔する様なら店の裏手から、黒服が出てくるよ?それも漆黒の黒髪、暗黒の黒目の持った、学園のブラックリストの最上位であり、黒白混淆の権化とも言えるあの男がね」
譜緒流手は店の裏手をその集団の方を向いたまま、親指で指さしながら言うと、その集団は一歩後退りをする。
「そこまで黒という熟語を使うなら"大黒柱"という言葉も使って欲しかったな〜」
譜緒流手の言葉に対して店の裏手から筵の声が響く。
Bクラスの集団は一番面倒くさい筵と一番恐ろしい梨理が居ないとふんで喧嘩を売ってきた様で奥から筵の声が響くと更に焦ったような顔になる。
「か、勘違いするなよ。こっちは客だぞ!?」
集団の中のひとりの男が少し噛みながら言った。
どうやら最初の悪口は興味の裏返しだったようで実は梨理の能力にかかってハンバーガーを食べたくて仕方なくなってしまったその集団は、学園の模擬店では一つしか無いZクラスのハンバーガー屋に足を運んでしまったというわけであった。
「ええ〜?じゃあ並んで下さいよ。ほら」
譜緒流手が指をさすとそこには4、5人が並んでいて、それなりに繁盛していた。
Zクラスの模擬店は梨理の能力や可愛いマスコットのほかにも、ある理由でさらに輪をかけて繁盛していた。
「はいお待たせしました。ハンバーガーとポテトのセット600円になります」
譜緒流手が並んでいた最前列の人に商品を渡す。
その最前列の人は代金を渡し去っていく。数歩歩いたところでハンバーガーの包み紙を開けて一口食べると、思わずそこそこの大きさの声を上げてしまう。
「う、うま!!なんだこれ!?」
その人は一度、Zクラスの模擬店の方を振り返り、何度か自分の持っているハンバーガーと模擬店の看板を交互に見て、しばらく硬直した後、ハッとして再び歩き去っていく。
Zクラスの模擬店の商品は安住を招き入れた際、彼女の能力、絶対正解によりテコ入れがされ、用意した食材でだせる正解に生まれ変わっていた。
その様子を見ていたBクラスの集団は一度、生唾を呑み込んだ後、お互いの顔を見合い、いそいそと最後列へと並んでいった。
それからもさらにZクラスの模擬店は繁盛して、学園関東支部の生徒達も何らかの悪態をつきながらもしっかりと並んで買っていくという状況が多々見られた。
そして、ほんの数時間で用意した食材は底をついてしまって、今日のところ閉店という形になった。