前夜祭で平常授業 7
武能祭出場者全員を対象とした立食パーティが終えた深夜頃。
数名の人影が学園に侵入し、食べ物の屋台が建ち並ぶ区画の中、ある一つ屋台に向かっていた。
あまり立地の良くない、その屋台には、こういうイベントの演し物ではあまり見られない、"ハンバーガー"の文字が書かれていた。
その数名の人影はその文字を確認すると頷きあって、それぞれバットやらバールやらを取り出した。
「いやー、危うく性善説と言うものを信じかける所だったよ、何せ3日くらい前からずっとスタンバってたんだけど、全然来る気配がないんだもの。でも前日になってやっと現れたね。営業時間外に店に来る悪いお客さんが」
ハンバーガー屋の屋台の中から声が響き、その声の主が姿を現す。
夜の闇に同化する程の黒髪と瞳を持つその男は、屋台の敷居を飛び越えて、バットなどを持った数名の男達の前に出た。
「でも、見たところ、この学園の生徒では無いね。差し詰め雇われたとかなのかな?」
数名の男達は見るからに街のゴロツキと言った感じの容姿であった。そしてほかにも能力者では無いと予測される理由としては攻撃手段にバットなどが使われていることが上げられた。
そのゴロツキたちはこんな深夜には流石に誰もいないと踏んでいたのか筵の登場にとても驚いた様な顔をしている。
「君たち一体誰に雇われたんだい?」
筵はあの半笑いを浮かべながら質問する。
「い、言うわけねえだろ!!」
「意外と仁義に厚いねえ?でもいいのかな?君たちは今、武能祭の出場者と対面しているんだよ?」
「くっ・・・」
筵の言葉にゴロツキたちは1歩後退りをする。
この男達の反応を見て、筵にはある程度の予想が立っていた。依頼主から聞いたのかは知らないが、自分たちの襲おうとした屋台の主が武能祭に出場する事を知っている。
少なくとも理由が屋台のライバル店潰しでないことは分かった。
あとは屋台を壊して警告し出場を辞退させるか、はたまた、筵が見張っている事まで読んでゴロツキを送り込み、暴力沙汰で反則負けにさせるつもりか、差し詰めその様な理由だろう。
「い、いや待て、こいつは確かZクラスっていう、戦闘では全く役に立たない能力者のクラスに所属していると聞いたぞ」
ゴロツキのうちの1人が筵を震える手で指さす。
それを聞いたほかの男達は息を飲み武器を構え出す。
「おいおい、もっと平和的に解決しようよ。君達の依頼人はもしかしたら君達が僕に返り討ちに逢うことが狙いなのかもしれないんだよ?・・・ああ!!そうだ君達の雇われた金額の倍払うよだから雇い主を教えてくれないかい?」
筵は悪人が追い詰められて、最後の手段で言うような台詞を涼しい顔で言い放った。
「ふ、ふざけんじゃねえ」
ゴロツキのうちの1人が意を決してバットを振りかぶり筵に殴り掛かる。
べキッ!!
そのバットは筵の頭に当たり、骨が砕かれるような鈍い音と共に筵の身体を吹き飛ばした。
殴った男とその仲間は、余りにもあっさりと攻撃が通ったことと、やり過ぎてしまったという罪悪感で動けなくなっていた。
それから数秒後、倒れている筵の身体が急に発光を始めて一つの光の玉の様な形になり、元いた場所に戻るとその光は再び人間の形になり、発光が収まると例の如く筵が万全の状態でそこに立っていた。
「はあ、まさか本当に殺されるとは思わなかったよ。これは大量の血液を持って、解決するしかないかな?」
筵は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ひぃー!!な、何なんだこいつ!?化物か?お、おい、とにかく逃げるぞ!!」
ゴロツキたちは一斉に後ろを向いて走り出した。
「さあ、いくよサンスティロ。文字通り大量の血液で解決してくれ」
筵がそう言うと手に黒い煙が集まり、上の方に巨大なダニの上半身のような物がついた万年筆を形作った。
"はいはいくだらない事、言わないでいいから"
恐らくサンスティロのものと思われる悪ガキのような声が筵に答え、巨大なダニの上半身の両腕で手首の辺りを固定して、針の部分を腕に差し込み血を吸い始める。
ダニの上半身の部分が直径40センチほどまで膨らむと血を吸うのを止めて、今度は下の万年筆の部分から血を吹き出す。
その血で空中に適当な形を描き、全て血を出し切るとその形が発光を始めて、ゴロツキの人数分の光の矢のようなものが現れた。そしてその矢は男達、一人一人に向って発射され、追尾して頭を貫いた。
「それは運命還し、過去の記憶を改竄する能力で、その効果は魔王から遺恨を、勇者から宿命を奪い一般人に変えてしまう。今回は君達がグレた理由を改竄して聖人君子に変えさせてもらったよ。後で戻してあげるから許してね」
筵は光の矢で射抜かれてから動かないゴロツキ達の所へゆっくりと近付いて行く。
「君達、間違いを犯してしまうことは誰にでもある事だよ。重要なのはどう償うかではないかな?・・・もし良かったら誰に雇われたのか教えてくれないかな?」
筵は飛びっきり優しく、しかし詐欺師のような何かを秘めた笑顔で語りかけた。