世界の終わりに平常授業 4
「お化け屋敷に必要なのは、なんと言っても暗さと狭さ、暗くて狭かったら、なにもしなくても充分怖い」
筵はどこで得たか分からない、信憑性の無い知識を自慢げに語った。
学校やショッピングモールで仕入れてきた物資を一旦、教室の端の方におき、Zクラスのメンバーは先ほど話し合いをしていた位置にいて、お化け屋敷の方向性について議論していた。
「暗さと狭さは大切だと思うけど、充分ではないでしょ」
れん子はそう言って苦笑いを浮かべる。
すると、れん子の意見を聞いた梨理が教室内のZクラスのメンバーを見渡した。
「でもよー、それプラス譜緒流手とかがお化け役をやれば怖くね?髪の毛を前に垂らして能力も使えば、まんま幽霊だろ」
「いや、それなら、れん子もお化けのメイクして突然、表れたり消えたりしたら怖くない?」
梨理が譜緒流手をお化け役に推薦すると、譜緒流手はすかさずれん子を道連れにする。
「だ、だったら湖畔くんと筵もお化け役じゃない?」
それを受けて、れん子も必死になって誰かを道連れにしようと試みる。
それにより状況は、話し合いと言うよりお化け役の擦り付け合いとなってしまった。
しかし、そのお化け役の他薦もある意味では的を射ていて、Zクラスの生徒達全員が思わず納得してしまうものではあった。
「こう考えてみると、わたしたちにお化け屋敷は向いてるかもしれませんね?それならわたしは驚いた人が能力を発動してしまうのを防ぎますね」
出し物が荒らされることを恐れていた淵も乗り気になって来たようで、腕を組み、何度かうなずきながら呟く。
「あとは、やっぱり大勢で入られるとムカつきますよねー」
カトリーナも少しはやる気になってきたのか、気になることを質問する。
「そこはあたしに任せとけよ。あたしが受付やって"忠告"するからよ」
梨理は不敵な笑みを浮かべながら自分の口を指差す。
「それは安心ですね。・・・と言うことはうちは休憩でいいですか?」
席に座ったままで両手を上にあげ喜びを表現したカトリーナは、筵の方を見ながら晴れやかな表情で可愛らしく首を傾げる。
「カトリーナちゃんには、そうだな・・・・?梨理ちゃんと一緒に受付をやって出てきた人の記憶を奪ってくれるかな?」
「ええっ!!うちが一番大変じゃないですかそれ?」
筵がカトリーナにも仕事を割り振るとカトリーナは万歳をしたまま机に倒れ込む。
すると今度は湖畔が律儀にも手を挙げる。
「開演時間を決めればいいんじゃないですか?ぼくもずっとお化け役をやるのは少し厳しいです」
湖畔もカトリーナに便乗し苦言を呈する。きっと小心者の湖畔にとって上級生を驚かすと言うのは、あまり気の進むものでは無いのだろう。
「文化祭は3日間あるから、一日、一時間を3セット位でいいんじゃないかな?」
れん子は頭の中でなにやら計算して、スケジュールについて提案する。
「9時間ですか、まあそれなら」
湖畔はまだ少し嫌そうな顔をしているが、渋々、それに同意する。
「僕が同じお化け役としてフォローするからさ」
筵は湖畔に対して親指を立てながら、優しく声をかける。
すると、筵信者の湖畔にとってそれが最高の励ましになったようで、次の瞬間には、湖畔から不安そうな表情は消え失せていた。
「よし!それじゃあ、今やれることをやりますか」
いい感じに話し合いが纏まったところで、筵はパチンと手を1回叩いて、椅子から立ち上がる。
その言葉に連られて全員が立ち上がると、あと1週間ほどで開催される文化祭に向けて、小道具などを作り始めた。
「一旦、電気消すよ・・・どう?このくらい暗られば大丈夫かな?」
ハーベストとの戦闘が終わったのか空はもとの色を取り戻していた。
現在の時刻は午後5時ほどで、世界は正しき朱に染まっていて、そんな中、れん子は暗幕などを使って教室がどのくらい暗くなるのかを検証していた。
結果は見事に成功で教室内は、辛うじて前が見える程度にまで、暗くなっていた。
「筵が言ったように、暗いだけで少し怖いね」
本当に怖いのか少し苦笑いを浮かべながられん子が呟く。
「れん子?幽霊ってこんな感じかな?」
髪の毛を全て前に垂らした譜緒流手が少し低い声でれん子に話しかける、その姿はなかなかに幽霊でだった。
「いぎゃあぁぁーー!!」
れん子は本気で驚き、跳ね上がると、慌てて電気を付けようとドアの方に向かう。そして、れん子がドアを開けようとした瞬間、向こう側からもドアを開ける力が働き、軽い力でドアが開いた。
そこには嘴の短いペストマスクのようなものを被って白衣を着た小柄な少女のような人物、納屋蜂鳥が立っていた。
そして、それを見たれん子は力無く崩れ落ちる。
「お前たち、こんなに部屋を暗くして何をやっているんだ?」
おぞましいマスクの中から可愛らしいくこもった声が響く。
「文化祭の準備ですよ蜂鳥先生。お化け屋敷をやることになりましてね」
筵が先生らしき怪しい人物に答える。
「おお、やっと決まったのか」
「で、蜂鳥先生、そっちは終わったんですか?」
筵が分かり切った質問を蜂鳥にぶつけた。
納屋蜂鳥はZクラスの担任教師であるが天才的な頭脳を持っているためハーベスト戦では参謀役にもなっている。
「一応、一段落付いたみたいだ。また、あいつらがやってくれたよ」
蜂鳥は嬉しさと劣等感の入り交じったような声で呟く。
"あいつら"とは各学年のAクラスの選抜のみで構成された"学友騎士団"のことを指しているのだろうという事は、説明せずともZクラスの全員が理解していた。
「"藤居さん"は無事でしたか?」
筵が少し真剣な表情になりながら尋ねる。
その筵の言葉にれん子、梨理、譜緒流手が一瞬、ビクッと体を震わせ、その後すぐにいつもの様子へと戻る。
「あ、ああ、藤居かぐやなら無事だ。カトリーナお前の姉もな」
蜂鳥の言葉に筵は軽く頷き、カトリーナは姉がやられる筈がないと思っているのか、あまり興味が無いような反応であった。
「れん子、いちを言っておくが日室刀牙も無事だぞ」
「ああ、大丈夫です。その人とは縁を切ったので」
「な、ならいいが」
カトリーナとは違い本気で興味ない様子でれん子が答える。
日室刀牙は一年の時から何度も世界とこの学園を救っている英雄で、れん子はその日室刀牙とは元幼馴染みの関係である。
そして藤居かぐやは日室刀牙と行動を共にしている少女であり、筵や譜緒流手とは元幼馴染みの関係でもあった。しかし、数年前に起こった、ある事件以降、かぐやの方から一方的に縁を切った状態になっていた。
故に、日室刀牙と本田筵は奇しくも幼馴染みを交換した形となってしまっていた。
「ところで、ハーベストとの戦闘が無事に終わったのなら文化祭の日程はどうなるんだよ、蜂鳥先生」
それらの一連の会話を聞いていた梨理はふと疑問を感じ、首を傾げる。
「ああ、そのことを伝えに来たんだった。・・・今回の戦いで少なからず被害があってな、日程は予定通り行うが附属中学と合同で行うことになった。中学の方は今日から文化祭だったがこの有り様だからな、明日辺りこの学園で生徒会同士が話し合いをするらしい」
蜂鳥が会議で決まった内容を説明する。しかし、それを聞いた梨理と譜緒流手は頭に手を当て肩を落とした。
それは日程が延びなかったことへの落胆ではなく、附属中学の生徒会長、本田楼がこの学校に来てしまうことによる受難を考えての事だった。