世界の終わりに平常授業 3
四ノ宮れん子、天喰梨理、鈍空淵、カトリーナ グレイスフィールドら4人は、学校内で使える物資を集めるため、Zクラスのある軽く隔離された学園の奥地を出て散策に向かった。
Zクラスの隣近所の教室は、ろくに使われていない特別教室や物置などであり、高校での文化祭には欠かせない段ボール等は大量にあると考えられた。
そう踏んで、物置と化している教室にやって来た一行だったが、しかし、淵が扉に手をかけて開けようと試みるが鍵が掛かっているようで開くことは無かった。
「ダメですね鍵がかかってます。どうします?職員室に借りに行くのとか正直嫌なんですけど」
淵が苦笑いを浮かべつつ振り返ると、その言葉を聞いたれん子はガックリと肩を落とす。
「譜緒流手ちゃんがいれば一発なんだけどね。あいにく筵のグループだからな~、鍵を取ってくるのも気が引けるよね」
「なあ~に、誰にも気づかれなければ、嫌味とか言われることもねーだろ」
れん子の落ちた肩を優しく叩きながら梨理が言った。
「譜緒流手ちゃんが帰ってくるのを待つのはダメ?」
れん子は恐る恐るといった風に皆に訪ねる。
「ダメだろ」
「筵先輩になにか言われたら、ウザすぎて死にますよ、わたし」
「ここにいるメンバーなら、れん子先輩の出番です」
梨理、淵、カトリーナの順に、どんどんとれん子を断れない方へと追いやっていく。
「そうだ!蜂鳥先生に頼めばいいんじゃない?」
「先生はあれで頭がいいから、作戦の指揮を取ったりして、忙しいんじゃねーか?迷惑はかけられねーだろ」
「そうだよねー、はぁ、私かー。いや、ばれないってわかってても、罪悪感とかはあるんだよ?・・・あと途中までは一緒に来てね」
「わかったよ」
「「分かりました」」
3人はれん子の要求に合意して、職員室のある同じ学園内とは思えないほど綺麗に整備された学園の中心部の方へと向かって行った。
嫌な予感と言うものは、的中するものである。
それはれん子の能力により、職員室から鍵を拝借した帰りの廊下でのことだった。
「おいおい、落ちこぼれのZクラスがここで何してんだ?」
廊下の進行方向側にいた、体格のいい男子2人と意地悪そうな女子2人のグループがれん子達を見つけるや否や、突っかかってくる。
他の生徒たちが制服を着ているのに対して、Zクラスのメンバーは常に私服で登校しているため、全校生徒から一目瞭然の状態となってしまっていた。
気にせず無視して進もうとするれん子たちだが、そのグループは横に広がって立ち止まり、れん子たちの通ろうとする道を防いでくる。
「通行の邪魔だぜ、先輩方」
梨理は若干、喧嘩腰なドスをきかせた声で言った。
ちなみに、制服の胸の部分に刺繍されている紋章の色と形を見れば、その生徒が、何年の何クラスなのかが、分かるようになっている。
梨理はそれを見て、彼らが3年のCクラスであることを理解し、学園にクラスはAからFまで存在しているため、中の上ほどの能力者であろうことが推測できた。
「この道を通りたかったら通行料払いな。役立たずのお前らをハーベストから守ってやってんだから、その分も含めて1人1万でおおめに見てやるよ」
「何ふざけたこと言ってんだ、テメーら」
梨理はいよいよもってキレる寸前の雰囲気であった。
「こいつ生意気、ちょっと教育した方がいいんじゃない?」
同じく3年のCクラスで、いかにも意地悪そうな女子が、梨理を見ながら仲間の男に提案する。
「はあ?お前らCクラス風情が、あたしに勝てると思ってんのか?」
・・・・・・。
暫しの静寂が訪れ、そして、その後、男女のグループは大声で笑いだす。
「なに言ってんだこいつ、マジうけるんだけど」
「Cクラス風情って、アンタたちは役立たずのZクラスでしょ?」
男女のグループは狂ったように笑い転げていた。
Cクラス程の中途半端な者たちは、Zクラスの生徒が、何故、ハーベストと戦えないにも関わらず、この学校に残されているか、分かっていないケースが多い。
梨理はこういった中傷で傷心するほど繊細な心は持ち合わせていないが、喧嘩早いところがある。
そして、この時、梨理は完全にキレてしまっていて、次の瞬間、大きく息を吸い込む。
この一連の動作から、梨理が能力を使おうとしているのを察知したれん子は慌ててカトリーナと淵の方を振り返る。
「みんな、耳防いで」
れん子はカトリーナと淵にそう忠告して、同時に自分も耳をふさいだ。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「・・・子先・・・・れん・・輩」
淵は結局1人だけ耳を塞いでいるれん子の肩を叩く。
気づくと能力を使おうとしていた梨理もれん子の方に注目していた。
れん子は恐る恐る耳を塞いでいる手を離した。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
すると、その場には、一昔前のヒットソングが鳴り響いていて、それを鳴らしている犯人は、れん子自身の携帯電話であった。
れん子は慌てて携帯電話を開くと、そこには椎名湖畔と名前が表示されている。
「湖畔くんからだ、なんだろ?」
れん子は呟きながら電話に出る。
「もしもし、湖畔君?どうかしたの?」
「あー、おれおれ、今何色のパンツ履いてるの?」
「えっ、誰?どなたですか?」
れん子は自分の携帯の画面を再び確認したが、そこにはやはり椎名湖畔と表示されている。
「湖畔君からの電話なのに、変態なんだけど」
れん子が怯えたような声で3人に助言を求める。
「はあ、そんなの筵に決まってるだろ」
「本当に、どんなタイミングで電話掛けてくるんですか」
「この空気の読めなさ天才ですね」
先ほどまでブチギレていた梨理も穏やかな様子になり、淵、カトリーナは少し安堵したような、ほがらかな表情へと変わっていた。
「あの、筵?」
「買い出しの内容なんだけどなにか、ほしいのあるかい?」
「何だ、筵か、みんな筵が何にかほしいのあるかって」
れん子は耳から携帯を離して3人の方に向ける。
「お前の命」
「先輩の心臓」
「筵先輩の体、労働力的な意味で」
再び、梨理、淵、カトリーナの順に答える。
「だってさ、私は呪いっぽいBGMがあれば雰囲気出ると思うんだけどどうかな」
「れん子ちゃん以外のはすごくいいと思うよ」
「ええー、みんなとんでもないこと言ってたよ。心臓とか、そんなの置いたら教室が臭くなるよ?」
れん子の不意な発言に、携帯電話の向から小さく笑ったような声が聞こえてくる。
「れん子ちゃんもなんというか、さすがZクラスって感じだよね」
「なにそれ、誉め言葉?」
「人によるかな、僕は誉め言葉のつもりで使ったけど?」
「それならいいや、筵がいい意味で使ったなら」
れん子は普段通り正直に心に浮かんだ言葉を筵に伝えたが、その言葉を聞いた筵は一瞬だけ黙り、それにより会話が一旦途切れる。
「・・・そうだね、れん子ちゃんはやっぱりZクラスじゃないかもしれないね、これもいい意味で。」
「えー、どっち?」
れん子が筵と楽しそうに会話をしていると、無視され続けていた男女のグループのリーダーっぽい男が遂に怒りを顕にする。
「お前ら、なに電話なんてしてんだよ。こっちの話は終わってねーぞ」
その怒鳴り声はれん子と通話中の筵にまで届いていた。
「今の声は何かな、れん子ちゃん?また低クラスの能力者が発狂でもしちゃったの?」
筵の放ったその言葉にさらに怒ったリーダー格の男は先程よりも大きな声で怒鳴り散らす。
「おい、いったい、誰と電話してやがるんだ!!」
「ああ、そういうことか、れん子ちゃんスピーカーにしてくれる?」
再び怒鳴り声を聞いた筵は、れん子たちが、今、どういう状況なのかを察してそのように依頼し、れん子はそれに従い設定をスピーカーモードに変える。
「Zクラスの責任者の本田筵ですけどその子達が何かしましたか?」
「はあ?Zクラスみたいな屑どもは俺たちの目に触れるだけで重罪に決まってるだろうが、だから罰金を払わせてんだよ。なんか文句あるのか」
「・・・いや、文句はないよ」
筵の予想外の言葉に一同が愕然とする。
そして、それから数秒の沈黙の後、更に続きを話し始める。
「みんなよく聞いて。その人たちは自分の力不足ゆえに、今日死ぬかもしれないんだよ。そこに僕たちZクラスみたいな奴が笑いながら通りかかったら、ちょっかいも掛けたくなるでしょう?そんなことする前にやることがあるだろ、なんて絶対言っちゃダメだよ。今から鍛練したってもう遅いんだからさ。みんなも今日のことを他山の石として悔いの無いように生きていこうね。・・・彼らのいない明日をさ」
「てめー、なに見下してんだ、役立たずの分際で」
筵のあまりにも無慈悲な言葉に、リーダーの男は顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「見下してなんていませんよ。ただ心の底から自分では無くて良かったとは思いましたね」
筵のその言葉は本当に心の底から出てきているように思えた。
そして、筵に散々挑発されたリーダー格の男の怒りは、遂に頂点に達して、気づくと我を忘れ能力を発動させてしまっていた。
それにより男の上半身の筋肉が制服を着た状態からでも分かるほど膨れ上がった。
「こいつらただじゃ帰さねーからな、後で後悔しやがれ」
その男は邪悪に笑い、れん子たちに襲いかかろうとした時、再び筵が口を開く。
「もしその子たちに何かあったら、僕の"母さん"に言いつけてやろうかな?」
筵の放った言葉は余りにも情けなく、まるで子供の喧嘩の最終手段の様であった。
しかし、それによりその男の動きはピタリと止まる。
「能力者なら知らないわけないよね?世界最強の能力者であり、ぼくの母である本田栖のことを?」
「お、お前はプライドとか無いのか?」
「無いね。たとえあったとしても、この事はそのフィルターには引っ掛からない」
れん子の携帯電話からは、筵のあまりにも堂々とした声が響き、それを聞いた男はしばらくの間、悔しそうな表情で葛藤していたが、ついに能力を解除してしまった。
そして、能力が解除された雰囲気を察した筵は言葉を続ける。
「そのまま、持ち場に戻ってくれると、とてもありがたいな?」
「・・・・・・くそ、行くぞ」
そんな捨て台詞を残して男女4人のグループはしぶしぶ、れん子たちの前から去っていった。
「いやーそれにしても、さすが栖さんだぜ」
「やっぱり知名度が違いますね」
「筵先輩の母親とは思えませんな」
梨理、淵、カトリーナが筵の母親である栖を絶賛している。
「あれ?これ僕の功績じゃないの?」
電話の向こうで愚痴をこぼす筵。
「ほとんど栖さん効果だったでしょ?でも、ありがとね、助かった」
れん子は筵に対して感謝の言葉を述べた。
その後、追加で買ってきてほしいものなどの相談して電話を切り、更にれん子たちは倉庫から段ボールなどを回収してZクラスに戻っていった。