世界の終わりに平常授業 2
学園を後にした筵たちは、真っ直ぐに学園の近くのショッピングモールへと向かった。
空は赤黒く変色して不安をかきたたせ、その空に浮かぶ巨大なワープホールからは多種多様なハーベストが尚も現れ続けていて、学園側の能力者と死闘を繰り広げている真っ最中であった。
「いやー、すごく大変そうだね、まあ僕には関係ないことだけどね」
「いいんですかそんなこと言って?」
遠くで行われているハーベストと能力者の戦闘を見ながら呟く筵に、湖畔が苦笑を浮かべながら答える。
すると、それを横で聞いていた譜緒流手が筵の代わりにその疑問に回答する。
「いいんだよ湖畔くん、奴等が普段、威張り散らしてられるのは、こういうときに命を掛けて戦うからなんだよ。オレらは普段から小じんまり過ごしてるだろ。それに奴等は結構な報酬を貰っているんだぜ」
この世界で能力を持つ人間は100人に1人ほどであり、ある程度の能力を持つ人間で、16歳から22歳までは戦闘に参加しなくてはならない義務がある。
筵たちの通う高等学園は大体が国内の防衛にあたり、大学になると国の外の防衛、場合によっては一時的に異世界に行って根元を絶つようなこともする。
しかし、しっかりと報酬もあり、能力者はその7年間を生き残れば、一生暮らせるほどの報酬を得ることができる。だいたい6割の人間が生き残り、兵役を終えているため考えようだが悪い条件ではない。
「あれ?なんか、譜緒流手ちゃん僕に似てきてない?もしかして僕のファン?」
「なにいってるの、オレは最初からアンタのファンだけど?」
筵と譜緒流手は向かい合って笑うと、一緒に湖畔の方を見る。
「弱きものを守るのは、能力を持ったものの義務なんだよ。だから当然の事なんだぜ」
「その言葉、アンタが守る側ならカッコいいのにな、違うから普通に屑野郎だわ」
譜緒流手は筵に冷ややかな視線を向けたが筵はそれを気にせずに話を続ける。
「だから、湖畔くんも開き直っていこうよ。その方が楽しめるからね、ほらショッピングモールも見えてきたよ」
筵は半笑いを浮かべなからショッピングモールを指す。
「さ、さすが筵先輩ですね、一生着いていきます」
湖畔は改めて筵への尊敬を現したにしながら、男とは思えない可愛らしい笑顔を向けた。
「驚くほどに誰もいませんね」
「ゾンビ映画みたいに、立てこもっている人がいるかもしれないけどな」
湖畔と譜緒流手が空っぽのショッピングモールを見渡した。
ショッピングモールは驚くほど静かで、それはまるで一瞬の内にこの空間の人間のみを消し去ってしまったようであった。
ハーベストはここには来ていないようで、どこを見ても荒らされている様子はない。
「ところで、何を買うか相談とかしなかったね」
「そうだなオレらだけで決めてもいいけど、一応、電話してみたらどう?」
譜緒流手の提案を受け入れた筵は、携帯電話を求めて、服のポケットを探すが見つからなかった。
「あー、携帯は鞄に入っぱなしだった。やっちゃったなー、これは僕が適当に見繕うしかないなー」
「筵先輩、ぼ、僕のを使ってください。」
「ああ、あ、ありがとう」
筵の思惑は、男とは思えないほど可愛い後輩の無垢な良心によって打ち砕かれた。
そして結局、筵は少しぶかぶかの服からちょこんと顔を出した、小さい手の中の携帯電話を取ることしか出来なかった。
それから湖畔の携帯電話の少ない電話帳かられん子を選び、電話を掛ける。3、4回の呼び出し音の後、れん子の声が聞こえてくる。
「もしもし、湖畔君?どうかしたの?」
「あー、おれおれ、今何色のパンツ履いてるの?」
「えっ、誰?どなたですか?」
そのあと、数秒の空白があった。恐らく通話中の名前を確認しているのであろう。
「湖畔君からの電話なのに、変態なんだけど」
「はあ、そんなことするのは筵に決まってるだろ」
「本当に、どんなタイミングで電話掛けてくるんですか」
「この空気の読めなさ、天才ですね」
すこし携帯から遠い声で、梨理、淵、カトリーナの声が順に聞こえてくる。
「あの、筵?」
「買い出しの内容なんだけど、なにか、ほしいのある?」
「何だ筵か、みんな、筵が何にかほしいのあるかって」
「お前の命」
「先輩の心臓」
「筵先輩の体、労働力的な意味で」
再び携帯から離れた声が梨理、淵、カトリーナの順に聞こえてきた。
「だってさ、私は呪いっぽいBGMがあれば雰囲気出ると思うんだけど、どうかな」
「れん子ちゃん以外のはすごくいいと思うよ」
「ええー、みんなとんでもないこと言ってたよ。心臓とか、そんなの置いたら教室が臭くなるよ?」
れん子の斜め上な返答に、筵は少し驚き、その後、何か微笑ましいものを見ている様な優しい表情で小さく笑う。
「れん子ちゃんもなんというか、さすがZクラスって感じだよね」
「なにそれ、誉め言葉?」
「人によるかな、僕は誉め言葉のつもりで使ったけど?」
「それならいいや、筵がいい意味で使ったなら」
れん子のまっすぐな言葉に、一瞬だけ会話がとぎれた。
「・・・そうだね、れん子ちゃんはやっぱりZクラスじゃないかもしれないね、これもいい意味で」
「もお、どっち?」
それからしばら話し、おおむね必要な物はメモを取り電話を切った。
そして、携帯電話を返そうとすると、少し拗ねた様な表情の湖畔の姿があった。
「ごめんよ湖畔、君を放っておいて。もう違う女の子と長話したりしないよ」
「えっ、ええー//////」
筵は携帯電話を手渡しながら、浮気性の彼氏が彼女に弁解するような口調で言った。
湖畔は呆気にとられて、すぐに照れたような表情に変わる。
「判断能力高すぎるのも考えもんだな。ここは、電話料金的な意味で怒ってるって、勘違いするとこだろ?主人公力5の雑魚め」
「銃を持ったただのおっさんが主人公の物語があってもいいんじゃない?ぼくは、主人公何て興味ないねけどね」
「そうかい・・・で、随分と長電話だったがどうしたんだ?」
「あれ?譜緒流手ちゃんも嫉妬かい?撫でてあげるからおいで」
「いや、結構です。まじで」
譜緒流手は掌を筵に向けてキッパリと拒否する。
「うわー、流石は譜緒流手ちゃんノーと言える日本人だね。・・・いやね、なんか上のクラスの人と揉めちゃったみたいで、ぼくの巧みな話術で穏便に収集を着けたよ」
「なんかすごく、挑発的なこと言ってた気がするんだけど、気のせいかな?」
「ははは、ぼくは嘘が苦手だからね。それが、時に人を傷つけてしまうだけだよ」
「ふーん、オレには筵のすべてが嘘っぽく見えるけどな」
「買い被らないでほしいな〜、僕はそんな複雑な人間じゃないよ、とても薄っぺらな人間さ。でもだからこそ、胡散臭くて嘘っぽく見えるんだろうね」
筵は溜息を付きながら、やれやれと言うように両手を軽く上げる。
「まあそうだな、アンタの薄っぺらさは折り紙付だから、オレが保証するよ」
「それじゃあ、ぼくが厚かましい人間じゃないかって疑われたら、君に証言してもらうことにするよ。ああそうそう、折り紙で思い出したけど、譜緒流手ちゃん知ってるかい?一枚の紙を43回折ると月に届くんだってさ」
「何を急に言い出してるんだ?そんなの物理的に不可能に決まってんだろ」
「物理的に不可能ね、でも、紙と同じく薄っぺらな僕としては、そこに少し期待してしまうよ」
「・・・・・らしくないこと言うじゃないか」
「・・・ああ、きっと、らしくない事を言いたい年頃何だろうね。忘れてくれとは言わないよ。もちろん覚えてなくても良いけどね」
筵はいつものにやついた顔のまま、譜緒流手に背中を向けて、すこし離れたところで、携帯電話と睨めっこをしている湖畔を回収してまずは画材道具屋の方へと向った。
「買いすぎだろ、お前、この金どうすんだ?ていうか、こんなに買う必要あったか?」
「まあ足りない分は僕のポケットマネーから出すよ。能力者の特別給付金もほとんど手を出してないし、僕はアルバイトもしてるからね。結構金持ちなんだよ。女子はお金持っている男が好きなんだろ?」
筵は自身の財布を指差し、強調しながら言った。
「はあ、最後のが無ければ、素直に感謝するんだがな」
「感謝されないために、わざと言ったとしたとしたら、どうかな?」
「そうだったとしたら隠し通せよ。なんでネタばらししちゃうかな、カッコつかなくない?」
「それも、カッコつけないために言ったのかもしれないよ」
「はぁ・・・・もういいよ」
譜緒流手は疲れたように肩を落としながら、ため息混じりに言い、学園の方へと歩き始め、筵と湖畔も、その後を追うように歩き始めた。