世界の終わりに平常授業 1
世界の終わりを予見させる赤黒い空。
その空に開く異世界に通づるワープホールから出現する侵略者たち、通称ハーベスト。
そして、それに対抗するのは、特殊な力を持った人間の通う、学園側の生徒達。
人類の存亡をかけた戦いが学園から数km離れた辺りのところで行われていた。
「今日の龍型ハーベストは大きいわね・・・」
神々しさを纏う剣を持った少女が、敵ハーベストを前に額に汗を滲ませながら呟く。
「今まで戦ってきたハーベストとは、違うようですわね」
先ほどの少女とはまた違った形の剣を持つ少女がその呟きに答える。先ほどの少女が和風の美少女なら、この少女は洋風の美少女と言った感じの容姿であった。
「刀牙どうするの?一旦引く?」
和風の少女は一緒にいるもう一人の人物に問いかける。
その少年は自身の日本刀のような剣を構えると、静かに首を横に振る。
「□□□□□□」
そして、少年は何時もの人を引きつける笑顔で、くさい台詞を言い放った。しかし、その言葉は少年の爽やかさのせいなのか、胡散臭さはまったく無く、誰もが心動かされてしまう様な印象を受けた。
「まあ、そう言うとは思ってたけどね」
「そうで無くては、刀牙ではありませんわ」
その少年の言葉に、少女たちも微笑みながら同意して、共に巨大な龍型ハーベストに向かって剣を構えた。
・・・そんな世界存亡の危機、うら若き少年少女が剣を取り、巨大な侵略者と戦っている、まさにその時、学園のある古びた教室から、机を叩く音と共に少年の声が響いた。
「僕たちは今とても危険な状態にあります。・・・・文化祭の出し物が決まっていません!!」
そこには、外で行われている戦いなど、自分たちには無関係であるかのように話し合いをしている私服の7人の、例えるなら"裏"若き少年少女たちの姿があった。
ここはZクラス、ハーベストとの戦闘には向かないものの、厄介な能力を備えてしまった能力者が送られるサナトリウム。
1人の少年は教卓の前に立ち、それ以外の6人は皆、自分の席に着席していて、これは、このクラスにおいて、いつもの会議スタイルと呼べるものである。
そして先ほど、教卓の前で会議の議題について、高らかに宣言した者の名は本田筵、漆黒の黒髪と腐りきった暗黒の黒目を持ち、常に苦笑いのような半笑いを浮べた少年であった。
只今の季節は秋であり、高校の秋の風物詩である文化祭は、ハーベストと戦うことを目的としたこの学園でも、もちろん催される。
「今、そんなことしてる時なの?」
瓶底眼鏡で短髪の後ろ髪が跳ねた少女、四ノ宮れん子が不思議そうに疑問を口にする。
「文化祭は一週間後だからね、いい加減、真面目に決めないとまずいよね」
筵が教卓を再び軽く叩きながら言うと、今度は鋭い目付きと歯を持った少女、天喰梨理が反論する。
「今までも話し合ってたけど、結局決まらないまま雑談して終わりだったじゃねーか、それは司会やってるおめーのせいだろ」
梨理は筵を指差すと、反論させる間もなく話を続ける。
「それによー、あたしらZクラスにはそんなに予算が下りるはずねーんだから、それも考慮しねーとダメだろ」
Zクラスは、ハーベストを討伐するための能力を備えたものたちが集まる、この学園において、ハーベストとの戦闘が出来ないと判断されたうえ、退学にするにはあまりにも厄介な能力を備えてしまったものたちを隔離するクラス。
故に、下りるお金もごくわずかであった。
「いやいや、だからそういう意味ではなく、外がこんなことになってるのに私たちは避難しなくていいの?」
れん子は手を左右に振りながら同時に窓の外に目を向ける。
学園から数km離れたところでは巨大な龍型ハーベストと学園の生徒たちの激しい戦闘が行われていて、一般人は地下のシェルターに避難していた。
そもそもハーベストとは侵略者の総称のことで、異世界から侵略目的でこの世界に来る者はみなハーベストと呼ばれ、龍や悪魔など多種多様な者達が存在しているとされている。
そして、そのハーベストの住んでいる異世界というのは、どうやら一つではないという事もまた知られていた。
筵はれん子の言葉を受け、一度、窓の外の様子を確認する。
「ああ、あれね。大丈夫でしょ、いざとなったら僕が覚醒してみんな守ってあげるからさ」
「先輩かっこいいです」
「嘘乙」
「きっとあの男が何とかしてくれますよ」
筵の世迷いごとに対して3人の後輩たちがそれぞれの率直な感想を述べる。
最初の唯一、筵に好意的だったのは椎名湖畔、くしゃっとした髪に髪飾りを着けた姿がとても可愛らしい少年である。
二人目の無口っぽい少女は鈍空淵、大人しいめのおさげ型のツインテールで、前髪がキッチリと揃えられている。本を読んでいる姿は穏やかな性格を思わせるが、毒舌な少女であった。
三人目の子はカトリーナ グレイスフィールド、鋭い目をしているが常にだるそうで、ぼさぼさな髪が特徴的な少女である。
「れん子~、こういうの何回目だと思ってるの?いい加減に慣れようよ。前に学校の真上にハーベストが出てきた時もオレたちは、ずっと自習してたでしょ」
長い黒髪に幼児体型で黒猫を思わせる少女、筒崎 譜緒流手は、れん子の跳ねた後ろ髪をいじりながら呟く。
「そうそう、譜緒流手ちゃんの言う通りさ。それにこういう時こそ、楽しい未来の事を考えるべきじゃないかな?空はこんなに青いんだから」
筵はそう語りながら、窓側に背を向け、赤黒い空をバックに軽く両手を広げ天を仰ぐようなポーズをとる。
筵のその行動にZクラスの面々は呆れているのか、皆押し黙る。
「・・・はあ、トースト1枚に対して、ブラックチェリーのジャムを1瓶使い切った様な赤黒さですけどね・・・」
「ははは、ツッコミありがとう。流石は淵ちゃん。すごく文学的だね」
このままでは埒が明かないと感じ、しかなく淵がツッコミを入れ、それにより筵も満足したのか教卓の方へと戻っていく。
ちなみに、Zクラスは学園に1つしか存在しない。そのため筵、れん子、梨理、譜緒流手の2年生と湖畔、淵、カトリーナの1年生が同じ教室で生活している。
「まあーさっき、カトリーナの言った通りだぜ、何せこの学園には、世界の危機を救いまくってる日本でも指折りの能力者である、あの男がいるからな。うちの役たたずとは訳が違う」
梨理は筵を横目で見ながらそう嫌味っぽく呟く。
そんな梨理の言葉にも筵は全く顔を歪めることなく逆に、半笑いして返す。
「いやいや梨理ちゃん。僕が覚醒したらヤバイからね。ジャガーノート級だよ?」
「お前が世界滅ぼしてどうすんだよ」
その言葉に、梨理を初めとする、ほとんどのZクラスのメンバーが呆れ顔になったが、湖畔だけは目を輝かせて尊敬を露にしている。
「湖畔~、君だけだよ、僕のこと信じてくれるのは、僕は君がいないとダメなんだ、ずっとそばにいてくれ」
「は、はい///////」
そのやり取りを、皆、いつものことのようにスルーする。
「はあ、相変わらずのクズっぷりですね」
誰も、筵と湖畔の会話について触れないため、またしても仕方なく淵が横やりをいれる。
「あれれ、淵ちゃんは確か先月攻略したと思ったんだけどな?全然デレてくれないね」
「誰も攻略されてないです」
「え!?、このZクラスの子はみんな僕のお手付きの筈でしょ、ねえ、れん子ちゃん」
「えっ?えー!?」
不意に振られて慌てふためくれん子。だがそこで、その一連の流れを見ていた譜緒流手がふいに手をあげる。
「じゃあオレ攻略済み」
さらにそれを皮切りに、梨理たちも続いていく。
「あたしもたしか攻略されたな」
「うちもー」
「ぼ、ぼくは勿論」
「そう言えば先月攻略されましたね、わたし、すみません忘れてました」
皆が攻略された風に傾いていき、最終的には淵も手のひらを返し、全員でれん子の方を見る。
「なに、この流れ?、・・・・あの、わ、私も攻略されました」
「「どうぞどうぞ」」
「えー!?い、いらないんだけど」
筵の所有権を必死で拒否するれん子。
「最後まで責任取ってくれないと困るな、れん子ちゃん」
結局、たらい回しにされた張本人である筈の筵もれん子をいじり、れん子に疲労からくるため息をつかせる事となった。
「何はともあれ、ハーベストが攻めてきてくれたことで、文化祭の日程がずれそうなのは不幸中の幸い、塞翁が馬。この期に決めてしまいましょう」
「相変わらずの不謹慎ぷり、さすがですね」
「カトリーナちゃん、勇敢なものたちが外でがんばってるんだから、僕たちは今、僕たちにしか出来ないことをすべきだと思うんだ。青春は一度しか無いんだよ」
カトリーナの皮肉混じりの称賛に筵が答える。
「今日、世界が滅ぶかもしれないのに来週の話をすることが青春なんですかね?」
今度は淵が質問する。
「じゃあ、動物らしく生命の危機を感じて子孫でも残す?」
「最低ですね」
「冗談だよ冗談、僕がそんなことできるやつに見える?そんな勇気あるわけないじゃないか。僕を買い被らないでね」
筵が堂々とした態度でそう宣言すると、淵は少しだけ表情を柔らかくし、小さくため息をつく。
「勇気の問題なんですか?・・・・・はあ、全く先輩と居ると一々、心配するのがバカらしくなってきますね」
後半は少し小声になりながら淵が呟く。
「淵ちゃん・・・・なんか言ったかい?」
筵はいつものにやついた顔をさらに強調させながら淵に近づくと、淵は悟ったような表情に変わる。
「ウザ過ぎて、吐きかけました」
「というわけで、もう、なにやっても決まりそうにないから、これから君たちに紙を配ります。そこに自分のやりたい希望を書いて提出してください。そしてそれをこのボックスにいれて僕がランダムに引いたやつを無理そうでもやる。それでいいかな?」
「まあ、そのルールはいいけどよ、不正がねーように筵、お前は書くなよ」
「当たり前だね、ぶっちゃけ筵の提案したやつじゃなきゃ何でもいいし」
「私も筵のはきついな」
梨理、譜緒流手、れん子の意見により筵の紙は没収されて、皆それぞれのやりたいものを書きはじめた。
「じゃあ引くよ、ハズレしか入っていない、このくじを」
「あたしたちの希望をハズレとか言うなし」
適当にくじを引こうとする筵に梨理が突っ込みをいれる。
「希望はきっと君たちの書いた紙を全て出した後に残っているよ」
「パンドラの匣!?オレ達の希望を絶望扱いしないでくれる」
ハズレより更に酷い扱いになった自分たちの演し物の案を譜緒流手が必死に擁護して言い返した。
「じゃあ引くよ〜、・・・はい、といことで文化祭の出し物はれん子ちゃんのお化け屋敷にきまりました」
「何でばれてるの?匿名なのに」
「こんなつまらないこと書くの、れん子ちゃん位でしょ?」
「つまんない・・・・」
筵の悪意のない疑問にれん子はがっくりと肩を落としてショックを受ける。
「でも、お化け屋敷は文化祭では荒らされる出し物ナンバーワンですけどいいんですか?わたしたちの待遇上、確実に荒れると思いますよ?」
淵が不安そうな顔で尋ねる。
「まあー、決まったことだ、しかたねーだろ、なんとかなるって」
「いざとなったら、筵が頸動脈辺りを斬って驚かせてくれるよ」
梨理と譜緒流手が後輩である淵の肩を叩き、宥めるように答える。
「勿論、君たちのためなら頸動脈の一本や二本の余裕で切断してあげるよ?それが僕の愛の形であり、誠意ってやつさ」
「いや、重すぎて気持ち悪いわ」
「でも一周回ったとしたら、どうかな?」
「そのまま永遠に回転してろって思うかな、運命の輪の如く」
筵の気持ち悪い発言に対して譜緒流手が答えた。
「あの、せっかくなんで、もう準備始めませんか?」
湖畔がもじもじとした仕草で皆に提案する。
「うん、ライバルに差をつけるためには、こういう時に努力しないとね、みんなもいいかな?」
筵も湖畔に同調してその他のメンバーの賛否を確認する。
そして全員がそれに頷く事で、ハーベスト襲来中の、この緊急事態に文化祭の準備をすることが決定する。
「では、買い出し班には僕、譜緒流手ちゃん、湖畔で、それ以外の皆は学校内で段ボールとかの使えそうなものを探すという事でいいかな?それでは、解散」
「えっ?買い出しって外は大変なことになってるけど?」
筵のプランに対してれん子が物申す。
「ははは、だから、僕と譜緒流手ちゃんと湖畔なんだよ。Zクラスの中だけでなく、このハーベストぶっ殺学園の中でも自己防衛で僕たちの右に出るものはいないからね。ということでよろしく、解散」
「でも、店はやってないんじゃないですか?」
淵がれん子に続き疑問を投げ掛ける。
「誰もいなくても、商品はあるだろ?」
「パクる気ですか?」
「やっぱりだめ?」
「ダメに決まってるじゃないですか!?」
「はあ、分かったよ、金はおいてくれば問題ないだろ。解散~」
三度、筵が解散を促したが、そこで湖畔が更なる疑問を口にする。
「でも先輩僕たちはたいっ・・・」
「みんな、なかなか解散してくれないね?僕から離れたくないのかな?」
筵は皮肉混じりに全員に向かって言った後、続けて湖畔の言おうとしていたことに答える。
「それと待機のことなら心配ないよ、バレなければいいし、バレたところで教師陣は僕たちのことなんか気にしないよ」
筵のポジティブなのかネガティブなのか分からない言葉を聞いた淵は少し肩を落とす。
「好きの反対は嫌いではなく無関心だとは、けだし至言ですね」
淵の呟きに、カトリーナ、湖畔の1年生組も少し暗い雰囲気になってしまう。
「だ、大丈夫だよ、私たちは全校生徒からは引くほど嫌われてるから好きの反対じゃないよ」
れん子は1年生のそんな沈んでいる空気をいち早く察知し、何とか元気を出させようと試みる。
しかし、れん子のあまり慰めにならない慰めは、状況を回復させる事はなく、れん子の気持ちも同時に沈んでいってしまう。
「筵のせいだぜこれ、何とかしろよな」
「筵は本当に空気読めないな、みんな筵みたいにオリハルコンのハート持ってないんだから」
梨理と譜緒流手に攻められ、筵は少し考えたあと言葉を口にする。
「何だいその強力な装備が作れそうなアイテムは?・・・うーん、でも、まあ、仕方ないから、可愛い後輩に僕の処世術を伝授しようか」
筵はそう言うと、少し大きめに深呼吸をして、口を開く。
「努力なんてカッコ悪い、助けてなんて頼んでない、奇跡なんて信じない・・・そして、仲間がいれば怖くない」
筵の言葉により数秒間の沈黙が訪れ、その間、全員黙って下を向く。
そして十数秒が経ち、ようやくカトリーナがその静寂を破り話しはじめる。
「筵先輩・・・・・・・くっそ寒いです」
体を震わせながらドン引きと言った視線を筵に向ける。
「ええ!?ここは筵先輩かっこいい、一生、着いていきますって展開じゃないの?」
筵が驚愕といった表情でZクラスのメンバーを見渡す。
「いやー、今のは無いは、さすがのあたしも引いたぜ」
「オレも吐くかと思った」
「ちょっと今ので体調が悪くなったんで帰っていいかな?」
2年生陣は暖かくも冷ややかな視線で筵に罵声を浴びせる。
「えっ?今、かっこよくなかったですか?」
「湖畔くんはちょっと耳鼻科に言った方がいいわ、あと脳も見てもらった方がいいかも、まだ間に合うわ」
そして、方や筵信者の湖畔を淵が優しく諭しながら、通院を進めていた。
「一人を標的にして他の全員が一致団結する。それが処世術なんだよ、いやー、大成功だな~」
筵は半笑いを崩さず、しかし、少し震え声になりながら呟いた。
それから、譜緒流手はそんな筵の背中を軽く叩くと、どこか優しい顔でしゃべり始める。
「はいはい、強がりはもういいからさっさと買い出しに行こうよ」
譜緒流手のその言葉により、今度こそ本当に解散となり、筵たちは買い出しに、その他のれん子たちは学校内で道具をそろえるために行動を始めた。