番外編 千宮寺新羅の最後の副業 1
筵達と別れた後、新羅は隠れ家とする事にした廃ビルの窓から夜の月を見上げる。
「やはり1人と言うのは寂しいものなんですね」
そう呟くと新羅は僅かに言葉通りの表情を浮かべるが、すぐに仕事人間の顔に戻る。
そして。
「後はあの方を待つだけ・・・ですか。・・・ああ栖様、どうぞこの命をお納めください」
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神様なんてこの世界には存在しない。
駅のホームにて、少女はまだ僅かに痛む体、更にずぶ濡れで冷たい服の感覚を感じながらそう思った。
サイレント映画のように色褪せ、音のない世界。
不干渉な者達が自分を一瞬見て直ぐに目を離す姿。
もしも神様が居るなら、きっとそれは酷く残酷な存在なのだろう。
彼らは悪が幅を利かせ、弱者が虐げられる世界を黙認している、いや、それどころかそれを見て楽しんでいるのかもしれない、とすら少女は思った。
だがすぐに少女は自身の思考を否定する。
···いや違う。こんな考えはただの現実逃避だ。やはり神様など存在しないのだと。
色々なことに適用出来なかった人間が、ただただこぐ自然に、自然の摂理に従って淘汰されていくだけの事。
きっとそれは世界の何処でも起こっている事で、起こり得る事で、それがこれからここでも起こるだけの事。
目に光を失った少女はそんな事を考えながら、近づいてくる大きな音の方へと1歩づつ歩み寄る。
恐怖はあれど、その足は止まらなかった。
ああ神様、もしもそこ居るのなら、どうか···。
最後に少女は止まりかけた思考の中でそう祈った。
「そこのあなた?あなたは神を信じますか?」
「!?」
「今、あなたは幸せですか?」
満面の笑みを浮かべたスーツの男が少女の腕を掴み話しかける。
「えっ?」
「神はいつでも貴方を見守っていますよ」
それは胡散臭い勧誘の常套句であり、幸薄そうな自分の姿を見て、信者にしようと声を掛けてきたのだろうと少女には察することが出来た。
だがそんな事はどうでもよかった、少女にとってそれは紛れも無く神による救いの手であり、そこに確実に神は存在した。
それが偽物だろうが何だろうが、自分を救ってくれたのは、この駅のホームに溢れかえる礼儀正しい善良なる一般市民達では無く、見た目だけは清潔感のある怪しい宗教家であり、つまりはこの宗教家の信奉する神だったのだ。
「おや大変だ。全く酷いことをするものですね。すべての人間は神の前では等しく矮小な存在であると言うのに」
男は少女がずぶ濡れである事をまるで今気づいたかのように言うと自身の着ているスーツを少女に着せる。
「それは返さなくても大丈夫ですからね。どうせ安物のスーツです」
「え、あ、あの、あ、ありがとうございます。お、お名前は?」
「ふふ、ああいえ。私の名前など知らない方がいいですよ。これからのあなたの幸多き人生には全くもって不要な物です」
男は他意などないと言わんばかりにそう言うと、最後にもう一度、少女に笑いかけてその場を後にした。
千宮寺新羅がハーベスト教団のカモフラージュとしていた探偵事務所に能力者協会の特殊部隊が攻めてきてしまったあの夜から数日がたった正午ほど。
新羅は首輪を付けたデブ猫を両手に抱えた結城社と共に大きめの一軒家のインターホンを押した。
「はい?どちら様でしょうか?」
「私、徳川探偵事務所の徳川蔵蔵と申します。依頼されていました迷子の猫ちゃんが見つかりましたのでお届けに上がりました」
「本当ですか!?今開けますね」
新羅の言葉にテンションが上がった様子の女性は見なくても音を聞けば分かる位に急ぎ足で玄関まで来て勢い良くドアを開ける。
すると40~50歳ほどの品の良さそうな女性が飛び出してきて社の持っている猫に近ずいて行く。
「間違いなくジョセフィーヌちゃんよ。本当に良かったわ」
「どうぞ、次からは気をつけてくださいね」
「ええ、本当にありがとうございます。ああ、これ少ないですけど」
女性は猫を片手で抱くとポケットから少しだけ膨らんだ封筒を新羅に差し出す。
しかし、新羅は丁寧に封筒を持った女性の手を押し返した。
「いえ料金は既に頂いていますので、最低限の依頼料以上は貰わないというのをポリシーにやさせて貰っていますので」
新羅は全く嫌味のないスマイルを女性に向ける。
それを受け女性は図らずも少しだけ顔を赤らめてしまう。
「な、なら仕方ないわね。・・・もしまた困ったことがあったら頼らせてもらいますね」
女性は少し動揺しながら出した封筒を引っ込める。
「あっ、それは・・・」
「申し訳ありません。実は今受けている依頼を最後に探偵業を廃業する事にしてまして」
女性の言葉に対して言葉を詰まらせる社。そして、後頭部に手を当て申し訳なさそうに事情を話す新羅。
「ああ、そうなんですか。それはすごく残念ですけど、でも貴方みたいに丁寧な仕事をされる方なら何をしてもきっと上手くでしょう、応援してますね」
「ええ、ありがとうございます」
女性の言葉を受けて新羅は深々とお辞儀をする。
そして良き所で話を切り上げると2人は女性の家を後にする。
それから次の目的地である喫茶店へと向かう為に道を歩いている中で社が自身の持つ依頼主の情報が入ったタブレットを操作し、今の依頼主を解決済みのフォルダへと移動させる。
「ふう、これで依頼人もあと1人だけになりましたね」
「ええ、そうですね。その方は確かあの襲撃の日に依頼に来た人でしたよね」
「はい、あのクソみたいな襲撃のせいで事務所が無くなってしまい、詐欺なんじゃないかって心配をかけてしまったその方です。・・・ああ!というかほら、そんな事を言っている間に、
もうそろそろ約束の時間になってしまいますよ。ただでさえ1度怪しまれてるんですからキッチリしないといけませんよ」
社はそう言うと新羅の手首を持ち、犬の首輪を引っ張る様に足早に約束の喫茶店へと向かった。




