天使再臨で・・・ 7
「あ、ありえない。この私が下等生物に」
羽根は折られて地に堕ちた四天使の統括、ザクスエルは恨みと憎しみのこもった眼光を筵に向けた。
筵はそんなザクスエルの様子をいつもの半笑いで見下ろしている。右手には日本刀型の魔剣、大皿喰らい、左手にはこれまた禍々しいオーラを放つ小太刀が握られている。
「魔剣を二つ所持しているだと?お前死ぬ気か」
「ええ、死ぬ気満々ですよ。しかし、復活する気も、もちろんありますが」
そう言うと筵は左手の小太刀をザクスエルに向ける。
「これは離刀 寝首搔き。所持者の痛覚を数倍にするというリスクを持つが、この刀で斬った所がそのモノの急所になり、全てのモノからその”動”を奪う」
「さ、先ほど、私の"裁きの弓矢"を打ち倒したのは・・・」
「全てのモノから”動”を奪うと言ったでしょ?運動エネルギーや熱エネルギーもその例外ではないですよ。名付けて定離刀汰・・・おっとこれはまずいか」
「くっ・・・くそぅ!!」
筵に負けたことを悔やんでか、ザクスエルは拳で地面をなぐった。
「私は・・・・」
ザクスエルは神妙な面持ちで地面を睨みながら、独り言のような小さい声で言った。
「私は負けるわけに行かないんだよ。故郷に残してきた家族と村の住人のためにも」
「・・・」
その台詞を聞いた筵から半笑いは消えた。改めて全ての人に物語がある事を思い知っていたのだ。
そして同時に自分の境遇について考えていた。Zクラスという世間では落ちこぼれと言われるクラスには所属しているものの、家族仲は良く、大した野望も宿命も遺恨も持ち合わせてはいない。
唯一の誓いである、Zクラス全員とかぐやの安全は既に保障されている。
暫しの静寂がその場を包んだ。
「そこは、”な〜んてな”とか言って襲い掛かってきてほしい所なんだけれどね」
筵はザクスエルの様子から、それが演技ではない事を察していた。筵は頭に手を当て少し考え、話を続けた。
「最初、君が死ぬ事は君の世界の利益にしかならない、みたいな事を言ったけど、あれは間違っていたみたいだ。君を失う事は間違いなく君の世界の損失だ。もし僕が人質を取られて、違う世界に攻め込めと言われたら、間違いなく同じことをするだろう。でもやっぱり、それはそれ、これはこれだ」
筵は大皿喰らいを跪いているザクスエルの首元に持っていく。
「もしこのまま帰るのなら、見逃さないことも無いよ」
「ふ、ふざけるな!!私には敗北なんて許されないんだよ」
ザクスエルは激怒して大皿喰らいを払い除けて筵と少し距離を取り、黒い液体の入ったガラスの小瓶を震えた手で取り出した。
蓋を乱暴にとり、一瞬、躊躇った様子を見せながらも黒い液体を一気に飲み干す。
「これは上位の天使にのみ与えられる秘薬、堕天薬だ。これでお前も道づれにしてやる」
ザクスエルはうめき声をあげながら体と羽は黒く変色させていき、先程までとは比べ物にならない禍々しい姿へと変わっていった。
変身を終えたザクスエルは目は血走り、もはや自我や理性など存在しない様子でただ唸っていた。
「う”あああああああぁーー!!」
耳を劈くような絶叫とともに堕天使化したザクスエルが手を構えると、そこに黒い弓の様なものが出現した。そして矢を装填するとその矢は黒く混沌とした炎を纏った。
それを見た筵は寝首搔きを閉まって、大皿喰らいを構える。
「大皿喰らい、大盤振る舞いだ。十人分くらいの生命力を使ってくれ」
”おいおい、俺は必要以上の生命力は取らない主義だぜ、あれくらいなら一人分で十分だ”
「いいや、これは手向けだ。ぼくの能力を知らずに命を投げ出してしまった彼への」
筵は本当に悲しそうな顔で呟く。大皿喰らいも少し時間を開けて合意する。
”人間のそういう感情はよく分からんが、まあいいだろう、俺の所持者はお前だ。お前がすべてを決める権利がある”
筵の体から霧状になった生命力が大皿喰らいに吸収され始め、数秒単位で筵の生命力を吸いつくしては、復活と吸収を繰り返した。
十人分の生命力を吸い尽くした大皿喰らいからは抑えきれないエネルギーが溢れ出ている。
「これで最初のを合わせたら、君は僕を15回も殺している。1対15だ。この数字を君への手向けとしよう」
筵はもはや自我のないザクスエルに向けて優しい声で語りかけながら、刀を構え全身全霊をかけて斬りかかった。