模擬戦と平常授業 後編 6
時間は戻り、観客席。
筵はいよいよ大詰めを迎えつつある天理と刀牙の戦闘に目を向ける。
残り時間は5分程度で形勢はやや天理が有利ながら、能力の使いすぎによって疲労が溜まっていて、刀牙が少し盛り返している様な印象であった。
どちらにせよここから刀牙を倒して、筵を探し出しそちらも倒すというのは現実的に不可能であり、学園側の引き分け以上が確定しているように思われた。
「おーっと、ここで斎賀選手が初めて膝を着いた!!勝負はまだまだまだ分からない。熱い、熱いぞーー!!!」
会場はそんな実況者の口上により一気に盛り上がりを増し、全体的に刀牙を応援するムードになって、観客席の生徒や一般の観客からも刀牙を鼓舞する言葉が聞かれだし、同時に天理には"しっかり戦え"や"動きが悪い"と言ったようなヤジが飛び出す。
そんな様子で盛り上がりは冷めぬまま、残り時間はあと3分程度となり、状況は完全に刀牙のペースに変わっていた。
観客席でもこのまま刀牙が勝利を収めれば全てが丸く収まるだろうという様な空気が流れていて、天理本人すらも日室刀牙という人間の放つその空気に半分飲まれてしまっている様子であった。
そんな状況を目の当たりにした筵は改めて彼の恐ろしさを思い知り、盛り上がる観客席の中で僅かにつまらなそうな表情を浮かべた。
「まあこれで勝ちは確定って感じか」
戦いに勝って、勝負にも勝つと言うのが正しいだろうか。
この模擬戦に勝ったとしても、天理がこの学園から手を引くと言う条件を反故にしたかもしれなかった。しかし刀牙はこの試合で天理に違った正義の形を示し、考えを改めさせるとまではいかないものの認めさせた。
それには筵と天理の絡みも多少なりと影響していて、ある意味では筵と刀牙の協力による成果であった。
しかし今、筵の中にほんの僅かに湧いた感情は刀牙への恐怖と天理への落胆であった。
「よっこいしょっと」
「なに?行くの?」
「ああ、一応参加者だからね。最後くらいはせめてあの端の方に居とくと」
筵はコロッセオの中心にあるリングから少し離れた場所にある入場口辺りを指さす。
そしてゆっくりと歩きだそうとした。その時。
「お兄ちゃん!!がんばれ!!!」
観客席からある少女の声が響く。
その声とは筵たちが誘拐中の少女、宮前孵のものであり、そのエールは他ではない斎賀天理に向けられたものであった。
恐らく兄である天理が完全にアウェイな状況に置かれている事に、居ても経っても居られなくなったのだろう。
しかし少女の声は実際には多くの観客の声にかき消され、天理へと届くことは無かった。
だがそれでも兄妹の絆なのか、確かに天理は孵の居る観客席の方を何かを探すように見渡し、そして僅かに笑みを浮かべると膝を着いた状態からゆっくり立ち上がった。
「勝負はまだついていないぞ日室刀牙!」
「□□□□!」
会場の中心の2人はお互いに気持ちのいい笑みを浮かべながら睨み合う。
そして2人は満身創痍の中、再び刃を交え、壮絶な斬り合いを始めた。
ドサッ。
観客達が押し黙った会場に2人の人間の倒れる音が響く。
「こ、これは相打ち、相打ちだ!!凄まじい撃ち合いの末、2人が同時にその場に倒れ込んだ。そしてその結果、1-0で学園側の勝利が確定しました!!」
一瞬だけ大画面に映し出された壁際に寄っかかる筵の姿に会場は微妙な空気が流れるが、すぐにワッと盛り上がりを取り戻す。
それから十数秒ほどの長い歓声があり、ようやく刀牙と天理は立ち上がる。
「□□□□」
そして刀牙はいい笑顔でお互いの健闘を称えながら握手を求める。
「ふっ、まあいい勉強になった」
それに対し天理は一瞬だけ刀牙と握手を交わすと自然な流れですぐに握手を解いた。
それから数分。
とりあえず動けるものだけで運動部のステレオタイプの様な整列と勝敗の確認を行う。
「まさかこんな所に連れてきているとはな」
「はて何のことかな?」
天理は孵の事について筵に訊ねるが筵は相変わらずしらを切る。
「まあいい」
天理はそう言うと数名の黒服の部下達に孵が居るあたりの場所を指さし指示を出す。
そして会場全体が試合後の余韻に浸っていたその時。
「緊急事態だ!!まだ戦える奴は会議室に来い」
突然入場口から焦った様子で入ってきたペストマスクを着用した少女の様な女性、納屋蜂鳥の声を受けて全員がそちらを向く。
そして蜂鳥のマスクで籠った可愛らしい声で緊急事態の内容が明かされる。
「ハーベスト教団が動いたんだ」




