模擬戦と平常授業 後編 5
「なるほど、君の事はよく分かった。君はきっと僕では決して理解することが出来ない対極の存在なんだろうね」
しばらくの沈黙の末、筵はようやく口を開いた。
「どうやら僕は君の事を少し甘く見てしまっていたようだ。本当に申し訳ない」
そう言って筵は深々と頭を下げる。
そして数秒後、ケロッとした顔で頭を上げた。
「まあそれはそれとしてだ。君はもっと自分を大切にすべきでは無いかい?だって1度きりの人生なんだよ。君には、もっとちゃんとした生まれてきた意味みたいなものがあるんじゃないかな?」
「・・・そんな心にも無いことをよく言えたものだな」
筵の演劇の様な大袈裟な感じの台詞回しを受け、天理は少しだけ沈黙したものの至って冷静に言葉を返す。
「おや分かっちゃったか」
「ああ、最も本気で思っていたとしても響くとは思えんがな」
「・・・まあそうだよね」
筵は天理に聞こえないくらいの声量でため息混じりに呟くと、さらに数秒ほど黙り、仕切り直して喋り始める。
「確かに僕は人が生まれたことになんてなんの意味も無いと思っているよ。例えば世界を救った英雄だってそいつが居なければきっと違う人が世界を救う事になったってだけだろうからね。・・・ただ言葉遊びみたいになってしまうけど、生まれてきた意味は無いが生きて行く意味はあると思っているんだ」
「・・・」
天理は突拍子も無いことを言う筵を無感情に眺め、静かに次の言葉を待った。
そしてたっぷりと間をとった筵は口を開く。
「人とは死なぬ為に生きているのだと僕は思う。だから生まれてきた意味なんて無くても、生まれ落ちてしまったからには精一杯生きなくてはならない」
筵の言葉を少し驚きながらも比較的冷静な様子で聞いている天理。
だが筵はその様子を確認しながらも構うことなくどんどんと持論を展開していく。
「人はこの世に生を受けた瞬間から、出会った者に自分の命を株の様に分け与えながら生きているのだと思う。だから月並みながら自分の命とは自分だけのものでは無いんだ。それは両親の物でもあり、兄弟の物でもあり、友人の物でもあり、もっと言えば行きつけのコンビニのよく話す店員さんの物でもある。だから人は勝手に死ぬことなんて許されないんだ。・・・これは"何故人を殺してはいけないか?"という疑問の答えにも通づると思っているのだけど、基本的には人は人の権利や物を奪ってはいけないんだよ。だから例え、人を殺したいと思っている人が居て、殺されてもいいと思っている人が居たとしても、命を分け与えられ、それが失われて喪失感を覚える人がいる限り勝手にそんな事が行われてはいけないんだ。ごくごく当たり前のことだよ。だって持っていなかったら"喪失"などしないのだからね。君もそう思わないかい?それとも君が死ぬ事を悲しんでくれる人はこの世界の何処にもいないのかな?」
筵は白々しくある少女の事を思い浮かべながら天理へと半笑いで笑いかける。
しかし、相反する立場の2人がこんな言葉で和解する事などは無く、天理は再び剣を構え直す。
「演説はそれで終わりか?では続きをしよう」
「あらら、やっぱり僕の薄っぺらな言葉なんかじゃ君の心は動かせないか〜」
全然悔しそうな様子なく筵が笑う、そして。
「でもまあ目的は達成出来たかな」
続けて意味有りげにそう呟いたその瞬間。
サッと森の中から1人の男が飛び出して来て剣を構えている天理に斬りかかる。
しかし天理もそれに当たり前のように反応し、その男と剣をまじえる形になる。
その男とは勿論、この模擬戦最後の生き残り日室刀牙であった。
「君と僕ではきっと何処まで行っても平行線だろう。だから後は若い2人お任せするという事で僕は失礼させて貰うよ」
天理と刀牙が斬り合いを繰り広げている最中、刀牙達の後方からどんどんと遠ざかる筵の声が聞こえてくる。
「逃げるな!」
「□□□□!!」
天理と刀牙は同時に筵を引き止めようと声を荒らげるが、全速力でその場を立ち去っていた筵はそのシルエットが既に人の形であると分からなくなるほど遠くに居て、やがて完全に姿を晦ましてしまった。




