模擬戦と平常授業 後編 4
それから数秒が過ぎる。
その間天理は筵を睨み、筵のほうは対象的に穏やかな表情を浮かべていた。
「くっ・・・」
天理は先程の筵の全てを悟っているかのような挑発的な言葉を受けて、現在の状況について深く考えた末、不意に悔しそうに言葉をもらす。
「はあ」
そして、今度はため息を1度つき何かを諦めたように話し始める。
「何故わかった・・・では無いな、さっきお前が全部言ったか」
「予想をね。で結局、君の本当の目的は何なんだい。なかなかに弱者に厳しいカリキュラムを提案し、僕みたいなやつまで戦場に引き摺りあげようとして何がしたいのかな?」
「はあ」
天理は再びため息をもらすと、数秒間を開けて語り始める。
「私の目的は・・・本田栖無しでも魔王型ハーベストと対等に渡り合い、確実にそれらを処理出来る程の軍事力をこの国に配備する事だ」
堅い信念を持った精悍な面構えで天理は真っ直ぐにそう言い切って見せる。
「へーなるほどね。"確実に"か」
筵は天理の様子を観察し、ただ単に栖の力に頼りすぎて権力が栖に偏ることを嫌がっているのでは無いと察する。
恐らくそれは栖の能力がハーベストを操るものであるという事への疑念、あるいは将来的に彼女の能力が衰えていくかもしれないという予想、また今後、魔王型ハーベストを超える強力なハーベストが出現するという可能性。
天理の行動や新たな制度の導入はそれら全てを考えてのものだと想像が着いた。
事実として本田栖がこの世界に存在しなかったら世界はもう滅んでいたかもしれないし、良くても人口が今の半分程になっていたであろう。
本田栖1人に世界の命運を託している現状を良しとすべきでない事は真っ当な意見でもある言えた。
そして、それと同時に天理の"魔王型ハーベストを確実に処理できる程の"という言葉に"どんなに犠牲を払っても"という枕言葉あるように感じられ、同時にそれも天理の本質を表しているようであった。
「君の目にはきっと人の命が数字の書いた駒にでも見えているんだろう。ハーベストとの戦闘も君にとっては10のハーベストに対しては1の人間を新制度で強化し2にして5個ぶつけるっていう色々なことを無視した極めて単純な計算なんだろうね」
筵は嫌味ったらしく挑発する様に言ったが、天理は顔色1つ変えない。
「だったらどうなんだ?」
そしてそのまま淡々とした様子で聞き返す天理。
「いやいや僕は人の事を言えるような人間じゃないから、"まあ、そう言う人もいるか"くらいの感じだけどね、若干1名は"人の命をなんだと思っているんだー"とか"自分が王とでも思ってるのかー"みたいな事を言いそうな人が居るからさ。気を付けてって言っておこうとしたんだ」
「・・・ふっ、王か」
そう呟いた天理は小さく笑い、数秒後再び口を開く。
「・・・それはよく言われているみたいだがまったく違うな。私にとって私は王では無いし、王などどこにも存在しない。この国において私より重要な存在は多くいるが、それすらもまた王などでは無い。あるのはお前の言った通りただの数字だけだ。・・・もちろん私すらも普通よりは少しだけ多いというだけで、ただの数字に過ぎない。・・・私にとって王とは取ったら勝利でき取られたら敗北するという単純なルールなんだよ。そして最小限の犠牲でハーベストに勝利し人類を存続させるという事に私の信念の全てが集約されている。必要とあらばいくらでも部下を犠牲にするし、私自身いつでも喜んで捨て駒となろう」
「・・・」
自分の命すら平等に単なる数字であると言い、人類全体の利益の為に捨て駒になる事も厭わない言ってのける天理に筵は少しの恐怖を抱いた。
その恐怖は自分では大抵理解出来ぬ得体の知れない物に出会った時に感じるそれであり、筵にとってそれはここ数年の間で恐らく2回目くらいの経験であった。




