模擬戦と平常授業 中編 6
「空晒し。否剣、禍断界割」
斬人と恵美子を包み込んでいた楕円状の闇は光が通り過ぎるほどの一瞬の斬撃により、縦に真っ二つに裂け、その後、浄化されるように空気に溶け消えてなくなってしまった。
「なっ・・・」
その光景に恵美子は絶句してしまう。
それにはいくつかの理由があり、奥の手を一瞬にして打ち砕かれたことも大きな要因であったが、それよりも恵美子の心情を大きく揺さぶり支配した要因があった、それは・・・。
「せ、聖剣・・・だと」
恵美子は意識が飛びそうになりながらも何とか声を絞り出し、倒れた状態のままで斬人の持つ数m程もある大剣を指さす。
冷静に考えれば当初恵美子が聖剣だと思っていた斬人の甲冑は斬人のハーベストとしての姿であり、聖剣が別に存在するという事は想像に難くないように思えるが、ギリギリの攻防で切羽詰まっていて、現在は朦朧としてしまっている恵美子にとってそれは、この上ない衝撃であった。
そして、ただでさえ防戦一方であった敵にまだ上の力が存在し、しかも、その敵は人類の敵であるハーベストであり、そいつは今まで学園に潜伏していた。
その重大な事実は協会側に属する彼女にとって極めて重要な情報であり、恐怖などの感情よりも先に"この事実を天理に伝えなければ"という思いが強く生じる。
そして最後の力を手に集中し、その手で地面に触れトラップを仕掛け、発動させようと試みる・・・だが。
「止めておけ」
一瞬で恵美子の前まで瞬間移動した斬人が自身の聖剣、空晒しをトラップが仕掛けられた場所から少し離れたところに突き刺すと、発動しかけ魔法陣を生じ始めていたトラップは粉々に砕け散る。
「不用意に犠牲者など増やしたくないだろう?」
「・・・くっ、あ、あなたの、いやあの家族の目的は何?・・・あ、あなたを学園のそれも学友騎士団という重要な位置に潜入させ何をさせられていた?」
「ふっ、その事をあなたが知る必要は無いし、教える義理もないな」
と言いつつ、斬人は筵から言われていた電子機器を停止させていられる制限時間が間近に迫っているのを感じ、聖剣をしまい人間の姿へと戻る。
そして言葉を続けていく。
「と言いたい所だが、まあ正直勿体ぶる必要も無いさ。あの方達には、協会側から見て良くも悪くも大きな欲望なんて無い。ましてや貴方が杞憂している様なことは有り得ない、とそれだけ言わせてもらう。・・・まあ最も貴方が次に目覚めた時には私の正体についての記憶は綺麗に書き換えられていて、そんな疑念自体が存在しなくなるだろうがね」
斬人はそう言って小さく微笑む、すると、このタイミングで電子機器が復旧したのか、斬人達が飛び下りた窓から2人を探すように辺りを観察しているドローン型のカメラが現れ、斬人と恵美子を見つけると外まで降りてきて2人の姿を上空から撮影し始める。
「ど、どうやら完全に私の負けのようね」
斬人を倒すどころか正体を白日の元に晒すことも出来ないと悟り、恵美子は今にも気絶してしまいそうな弱々しい声で呟く。
「・・・」
「ふっ、ふふ、天・・理・・・」
「?」
「あとは・・・頼みましたよ」
とそう言い残すと恵美子はやりきった様な満足そうな笑みを浮かべながら完全に意識を失った。
「ふう」
その後、斬人は恵美子が完全にこの模擬戦から敗退したのを確認すると彼女の元から数歩離れた辺りの位置で突然膝をつく。
「はあ、やはりこの姿では限界か」
本来の姿であればまだ戦う余力は残っていたが、人間の姿では体力の減少が顕著に現れてしまい、人間としての体は既に満身創痍な状態であった。
だが既に学園中にトラップを仕掛けた犯人を倒し、それらを解除する事には成功した。自分の役目はもう済んだだろう。あとは試合終了まで何処かに隠れて生き残りの1人になればいい。
と斬人はそんな事を考えながら、何気なく自分を移しているドローン型のカメラを見上げる。
するとその瞬間、斬人は自身の中に腑に落ちない何かが存在していることに気づく。
そして何か重要なことを忘れてしまっているようなモヤモヤした感情の中で、斬人は再び辺りを見渡す。
自分を撮影しているドローン型のカメラ、戦いでボロボロになった地面、倒れている対戦相手。
それらの事を順に考えた斬人は意図せずある言葉を呟く。
「・・・最後、彼女はなぜあんなに満足そうに笑ったんだ?」
そして、最終的にそのような思考に至った斬人は、次の瞬間ある事に気づき、無けなしの力を振り絞り混沌物質を発動させ、自分を包む様な形の球体を何重にも張りめぐらせる。
「枝刀、國取」
何処からかそのような声が響き、その後斬人が展開した混沌物質に強い衝撃が走る。
そして、その衝撃に耐えきれなかった斬人はそのまま数mほど後方に吹き飛ばされる。
「くっ!?」
その攻撃はなんとか空中で体を回転させ受身をとり、上手く着地することに成功するが、やはり先程までの疲れが残っているのか再び膝をついてしまう。
そして、同時に倒れている恵美子の手に通信機のようなものが握られている事を確認し、続けて自分に攻撃を仕掛けてきた奴の顔を見つめる。
「斎賀・・・天理」
斬人の前には、汚れ1つ着いていない白い学ランを着て、右手に軍刀を持ち、左手に通信機のようなもの持った男が立っていて、その男は斬人を見下すように小さく笑っていた。




