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模擬戦と平常授業 中編 5

 「いけ」


 斬人は冷たくそう呟き、手を軽く前に振る。


 すると自身の背後に控えていた混沌物質により形成された動物達は一斉に空中を駆けながら恵美子の方へと突進し始める。


 「くそ!」


 その光景を見た恵美子ら思わず汚い言葉をもらし、混沌物質の虎による初撃をバックステップで避ける。


 そして同時に避ける前に仕掛けていたトラップが作動し地面から出現する鎖により虎は拘束される。


 「よし・・・っ!?」


 恵美子は混沌物質の一体を捕まえホッとして、同時に一体一体の力はそこまで強くないことを確信する。


 だが安心したのも束の間、続いて牡鹿がその角を恵美子に向けて突き立て突進を仕掛けてくる。


 「ちっ」


 その攻撃も咄嗟に体をひるがえして間一髪で避け、そのまま牡鹿の背中に軽く触れる事でトラップを仕掛け、それを作動させることで何とか2匹の動物の拘束に成功する。


 しかしそれは斬人の生み出した動物の極1部に過ぎなかった。


 そして、その後も休み無く攻めてくる動物たちに防戦一方になりながらも何とかやり過ごしていく。


 だがそんな絶望的な状況にも関わらず恵美子は小さく笑みをもらしていた。


 確かに普通に戦ったら、戦力の差から言って勝ち目など無く、このままゆっくりと倒されてしまうのがオチであった。


 しかし今回に限ってそれは違っていた。恵美子はあと1分程を耐えきれば良かったのだ。


 少しばかり多めに自身のエネルギーを使い、惜しみなくトラップを作動させてもいい、何としてもあと1分間を耐え切ればそこにはまだ勝機が確かに存在していた。


 「・・・よしここにも」


 そんな勝機を信じ恵美子は動物達の攻撃を避けつつ、地面の特定の場所に触れていく。


 これは(そなえ)であった。


 制限時間が残り少ないことは斬人も当たり前のように理解していて、同時にこの混沌物質による攻撃では時間が足りない事も分かっているはずであった。


 よって必ず、遠くないタイミングで斬人自身が勝負をしかけに来るはずであった。


 そして、その斬人の攻撃を耐え切れば恵美子の勝機は格段に跳ね上がる。


 恵美子はそれを信じて奥の手の準備を着々と進めた。


 

 それから攻防が続き、残り30秒。




 「はあ、はあ・・・」


 恵美子は肩で息をしながら自身の周りで拘束され(もが)いている十数体の混沌物質の動物達を眺め、同時に未だに空中にも存在する動物達の残党と斬人を見上げる。


 「はあはあ・・・いいの?貴方の主人に言われた時間まであと30秒くらいよ?」


 「・・・それもそうだな。少々時間をかけすぎてしまった」


 恵美子の挑発を受け、声のトーンを変えることなく言い返した斬人は軽く手を上げる。


 すると拘束されていた動物たちはその姿をスライム状に変化させ吸い寄せられる様に空中の残党たちの元まで行き合成して、巨大な混沌物質の物体を形成する。そしてそれは徐々にその姿を変化させ、様々な動物の特徴を持った巨大な龍の姿を形作った。


 「生命の狂騒、解ける入る命脈(キメラテックキマイラ)


 そして斬人は手を恵美子の方に向けて軽く振る。


 すると混沌物質の龍は耳を劈くほどに吠え、空中を蛇行しながら恵美子に向かって行く。


 「!?」


 恵美子はその禍々しい姿、巨体、そしてスピードに恐怖し驚愕する。


 しかし、同時にまだ動く様子がない斬人の姿を龍の後ろに見て確信する。


 "この攻撃は敵の最終手段では無い"。


 ここで先程の貼った"奥の手"を使ってしまったら確実に負ける。


 「くそが!」


 恵美子は隠し持っているBB弾を乱雑に取り出し、握り込んでトラップを仕掛けると襲い掛かってくる龍に向けて投げる。


 そして投げられたBB弾は龍の体に当たり起爆し、ドゴン!と数度の爆発音が響く。


 「な、なに」


 しかし爆発が直撃した龍の体の部位からはそれぞれ、そのダメージの全てを肩代わりしたかのように1匹の動物が鳴き声を上げて剥がれ落ちただけであり、龍本体は苦しむ様子が無く、若干、体の大きさが小さくなっただけに過ぎなかった。


 「!?」


 そして気づくと龍は恵美子の斜め上数メートル程まで接近していた。


 恵美子は何処に焦点が合っているのか分からない程に目を見開いたおぞましい姿の龍の眼光を直視しながら、思考を加速させる。


 敵には奥の手と呼べるものが少なくとも、もう一手以上は存在する。ここでこちらが先程の仕掛けた罠を作動させてしまったら確実に詰んでしまう。


 それに今、高みの見物を決め込んでいる斬人には恵美子の能力である危険色仕掛け(ビー・トラップ)の性質がばれてしまっていて、現在、恵美子の体の何処にトラップが仕掛けられていないのか把握されてしまっているに違いなかった。


 よって斬人が恵美子の身体に仕掛けられたトラップを作動してくれる事はほぼ無いに等しかった。


 "大人しく負けるしかない"


 恵美子の頭にそんな感情が過ぎる。


 ・・・。


 「いや、だめね」


 恵美子はそう呟くと自分の胸、正確には心臓の辺りに触れる。


 「く、ぐぐ」


 そして心臓の部分に仕掛けられていたトラップを自ら作動させるとトラップにエネルギーを吸われたことにより辛そうな声をもらしながら仰向けに倒れていく。


 「城喰らいの飢餓獸」


 そう呟くと同時に恵美子の心臓部分に出現した魔法陣をこじ開ける様にして明らかに魔方陣と不揃(ふそろ)いな大きさのドラゴンの物の様な、あるいは巨大なワーム系の様な大口(おおぐち)が現れ、斬人の召喚した龍に相対すると、そのまま一瞬にして飲み込んでしまう。




 しかし。


 


 バタッ!


 「はあはあ」


 普段はトラップを踏んだ人と折半になるはずであったトラップに必要なエネルギーを1人で肩代わりしたツケは大きく、恵美子は受身を取る体力も残らずにその場に仰向けで倒れ込んでしまう。


 それは明らかな計算ミスであった。


 これでは奥の手の張り損であり、もし斬人がトドメを刺しに来ても安全にトラップを作動する事が出来ない状況になってしまった。


 それにこの状況、斬人が恵美子に近づくメリットは1つたりとも無かった。

 

 終わった・・・と恵美子はそう確信した。だが。


 「これで終わりか?・・・いや、まだ上があるであろう?」


 気づくと斬人は極限にまで圧縮した混沌物質(ダークマター)の大剣をその手に持って恵美子の倒れている所から数メートル離れた場所に立っていた。

 

 それは強者である者の絶対的な自信なのか、正々堂々と戦おうとする彼なりの騎士道なのか分からなかったが、どちらにせよ恵美子はそれをはた迷惑に感じた。

  

 あのまま上空から攻撃してくれれば、恐らく手加減もされて、ただ敗退するだけで済んだだろう。


 だが、今絶好のチャンスが訪れてしまった。


 「はあ・・・」


 それは勝てるかもしれないチャンス、しかし同時にエネルギー切れで、もしくは自身のトラップに巻き込まれて死ぬかもしれないそんな賭けでもあった。


 「・・・私は信じている。彼の作る新しい秩序こそがこの世界に平和をもたらすと。そしてその為ならば、そのための礎にならば私は喜んでなってやるさ」


 そう言うと恵美子は最後の力を振り絞って手を上空に向けて伸ばす。


 「これでいいでしょ天理」


 「・・・」


 そしてパチンと指を鳴らす。


 「不自由落下黒点フリー・ブラックフォール


 恵美子の合図により地面に仕掛けられた無数のトラップが一斉に作動する。


 そして恵美子と斬人を包み込む様にしてドス黒い闇が広がり巨大な球体を形作っていく。


 「・・・なるほどお前も、いや貴女もまた騎士なのだな」


 斬人は共に闇に包まれていく恵美子を見下ろし小さく笑いながら呟くと混沌物質の大剣を振り上げた。

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