模擬戦と平常授業 中編 4
「な、あ・・・」
突然目の前に現れた化物を少し震えた手で指差しながら言葉にならない声を発する恵美子。
そのとき、彼女の感じた感情はシンプルな恐怖であった。
それは今まで多くのハーベストと戦闘を繰り広げてきた彼女だから感じる事が出来たものであり、積み重なった経験値から来る非常に簡単な問に対する答えであった。
"このハーベストには勝てない"。
恵美子は動物的な本能によりそう悟ってしまう。だがここで直ぐに敗北を宣言するわけにはいかなかった。
それは協会の代表に選ばれたものとしての責任、そして天理や協会の掲げる新体制がこの国を、ひいては世界をいい方向へ導くと信じているが故の彼女なりの正義でもあった。
「お、お前は一体?」
筵がこの敵に言っていた2分という時間、せめてその時間耐え切ればまだ正気があるかもしれない。
恵美子は動揺の中そう考え、時間稼ぎも兼ねつつ尋ねる。
「ふん」
それに対して、恵美子の心境を全て察した上で斬人は笑い、言葉を続けていく。
「・・・私はユーフォリアス・ガルガンティウス。偉大なる2人の王に仕える騎士。・・・お前は時間を稼げばまだ勝機はあると思っているのだろう?だが自覚をしろ、お前は今、いずれ魔王と呼ばれるものと対峙しているという事を」
「・・・っ!?」
斬人の放つ言葉の威圧に足を竦ませながらも1歩後ろへと下がる恵美子。
そして、やはりこの敵と正面から戦っても勝てないと再認識し自身の足もとにワープのトラップを仕掛け、そのままの流れでそれを踏み作動させようと試みる。
しかし。
「なにをやっている?」
「!?」
背後から斬人の声が響くと先程まで目の前にいた巨体は消えていて、一瞬にして恵美子の真後ろに移動していた。
そして、恵美子が振り返るよりも先に斬人の巨大な腕が彼女を襲う。
「くっ」
そのスピードに驚愕しながらも恵美子は何とか手で斬人の攻撃を防ぎ、例のごとくそこから魔法陣が生じ、その中から何本もの触手が現れ、斬人の腕に絡みつく。
「"数多ある真ん中の腕"」
「・・・こざがしい!!」
体に絡みついてくる触手を完全に無視し斬人は腕を振り切って恵美子を吹き飛ばし、そのまま彼女は廊下の壁を突き破って外へと放り出される。
「ぐっ!」
と苦しそうな声を上げる恵美子だが、その背中にはまたしても魔法陣が展開していて、それにより衝撃を弱めたのか、恵美子はそこまでダメージを受けている様子では無かった。
そして痛がっている訳でもなく、また自身が空中に投げ出され危機一髪の状況に動揺する訳でもなく、恵美子はまず真っ先に魔法陣が発動した背中に触れ、続いて触手を召喚させた腕に触れようと手を伸ばす。
がしかし。
「なるほど、やはりトラップを貼れるのは手の平と足の裏で触れた部分という事か」
「なっ」
恵美子の触れようとしていた部分の腕は再び音もなく目の前に移動してきていた斬人によって掴まれてしまう。
そして斬人は驚くべき事に恵美子の手を掴み拘束した状態で空中に立ってみせた。
その状況に恵美子は驚いていたが斬人はそれを無視し、恵美子の能力についての語り始める。
「しかしながら、手か足で触れなくてはならないにもかかわらず廊下には大量のトラップが仕掛けられていた。・・・それはつまり不正をしていたということだな?」
そう問いつめてくる斬人を間近で見るのは恐ろしく、また核心を付いてくる問いに一瞬、言葉を失う恵美子だったが、同時にそのハーベストの言動から心は先程まで戦っていた少年であるとも再認識する。
「・・・ふっ、なんの事かしら?試合開始と同時にほとんど全ての廊下にトラップを仕掛けたからかなりの力を使ってしまって今は省エネモードってだけよ」
「・・・なるほど」
それは見苦しい言い訳にも思えたが、能力を識別する能力など持ち合わせていない斬人にはこの場ではそれ以上の追求など出来なかった。
さらに斬人に残されて制限時間はあと1分30秒程度しかないため、くだらない問答に時間を割いている暇等無かった。
「まあもっとも、お前達の不正など最初からどうでもいい。どちらにせよお前を倒せばトラップは消えるのだろう!」
斬人はそう言い捨てると恵美子を地面に向けて投げる。
「くっ」
それにより恵美子は地面へと凄まじい勢いで飛ばされ地面へと激突してしまう。
「痛った、ほんとに危ないわね」
だが、それもクッション状の物体を生じさせるトラップによりどうにか受け流すことに成功し、恵美子は上空の斬人を見上げる。
「混沌物質、生命の狂騒」
すると斬人の後ろには混沌物質により形成された牡鹿や虎、狼に猿などの数多の種類の動物が存在し、恵美子を見下ろし睨みを効かせていた。




