模擬戦と平常授業 12
「うぐぅ!!」
「・・・」
斬られた足を抑え、痛みを押し殺すように小さく声を上げている覇亜零を落ち着いた表情で眺めた筵はゆっくりと解毒薬を隠した校舎の壁の辺りに向かって歩き出す。
「な、なにをしたの・・・」
そんな筵の様子を見て、まだ状況を把握出来ていない様子の恵美子が呟く。
が、その後直ぐに目の前で起きた信じ難い出来事を冷静に見て、それを事実であると認めるとすぐに現実的な思考に立ち返り、解毒薬を回収している筵に向かい再び声をかける。
「あ、あなた私の言葉が聞こえなかったの?それとも私が居るところが何処か分からない?・・・いや、どちらにせよよ、解毒薬はそこの馬鹿が壊したちゃったのにどうするつもりなの!」
「・・・心配せずともここにありますよ」
筵は回収した解毒薬の入った試験管を4階に居る恵美子に見せつけながら、再び蹲っている覇亜零の元まで戻る。
「ただ条件があります。この解毒薬が欲しかったら貴女も降参してください」
「は?なによそれ?」
「分かりませんか?解毒薬は貴方達2人の降参と引き換えだと言っているんです」
そう言った筵の表情は比較的冷静な様に見受けられた。
しかし内心は決して心穏やかでは無く、Zクラスの教室を破壊される事は筵にとって何に変えてでも避けなくてはならない事柄であった。
だがそれと同時にZクラスの教室を人質にとる行為は先程、筵が解毒薬を人質にした事と似ているものでもあった。
つまりは筵が先程覇亜零にされた様に、敵に対しZクラスを"人質としての価値がないもの"であると思わせればいいのだ。
そうすれば、敵にとって罠を仕掛けたZクラスに自分が居るという事は足枷でしかなくなってしまう。
さらに無闇に学園を破壊するという行為は能力者協会の代表という彼女の立場からしても率先してするべき行動ではなく、筵が解毒薬を壊させる気が無かったように恵美子も実際に教室を破壊する気はないのではと考えられた。
そして筵のその予想は的中した。
恵美子はZクラスの窓から筵を見下ろしながら、焦りと苛立ちを合わせたような表情を浮かべていた。
「さあ早く決めてください。彼が可哀想ですよ」
声を押し殺し、蹲っている状態で自身を睨みつけている覇亜零を横目に筵はポーカーフェイスを装い完全に優位に立っている者の様に笑う。
「・・・くっ」
筵の問いに対して苦虫を噛み潰したような表情の恵美子。
そのままお互いに睨み合い十数秒。ただただ時間だけが過ぎていった。
そして遂に恵美子が決断を下す。
「はあ、好きにしなさい。そいつが油断したのが悪いのだからね。私は一旦逃げさせて貰うわ」
「・・・なるほどね」
恵美子の出した答えは逃亡・・・いや戦略的撤退であった。
そして筵がその答えに少し関心している間に恵美子は教室の窓際から奥の方へ消え見えなくなる。
「はあ・・・」
筵はため息をもらし、再び蹲っている覇亜零に目を落とす。
「見捨てられちゃいましたね」
「う、ぐっ、こ、これでいいんだよ。俺のせいでふたり、た、倒される訳にはいがねぇだろ!!」
覇亜零はどんどんと顔色の悪くなっていく中、声を絞り出す。
「まあでも彼女の行動はこの状況では最善の判断だろうね。あの場合、時間を掛ければ掛けるだけ君を見捨てにくくなってしまう。それに・・・多分確信もあったろうしね・・・さ、それで貴方は降参してくれますよね?」
覇亜零の前にしゃがみ込んだ筵はなるべく優しい口調で首を傾げる。
「ぐ、ぐぐ。・・・わ、分かった。ご、降参だ」
「はい。じゃあどうぞ」
覇亜零の降参を聞き入れた筵は、解毒薬を手渡しジェスチャーでその薬を飲むように指示を出す。
「・・・」
それに対し覇亜零は一瞬、薬を飲む事を躊躇している様子であったが意を決して試験管に口を付ける。
ゴク。
「・・・はあ・・・はあ」
バタ。
毒の痛みが引いたと同時にアドレナリンが切れたのか、その場に完全に倒れ込み意識を失う覇亜零。
「はあ・・・」
それを見届けた後、筵は覇亜零の横に座り込むとポケットの中にある懐中時計を取り出しそれを眺める。
「これって思った以上に疲れるんだね」
筵はその時計を蜂鳥からこっそりと借りてきてしまった事に対する謝罪の念と普通の人間の身でこれを使用している事に対し頭が下がる気持ちを込めてそう呟くと、少しの罪悪感を感じながらいつもの1度死にその後再生するルーティンを行った。




