模擬戦と平常授業 10
「貴様!卑怯な真似を!!っ、くっ!!!?」
と人差し指で筵を指し怒鳴った覇亜零だったが、自身の声の大きさにより多少クラついたのか、僅かに態勢を崩し、その場で千鳥足になりながらバランスを取り直す。
筵が先程使った発煙弾、もとい毒ガスは毒や薬を操る能力者であるフランの作成したものであり、その効能は言わば超強力かつ即効性を持った弱毒であった。
このガスは極少量でも摂取してしまうと、摂取した量に関わらず一定の効果を摂取した者に与えるという代物であり、それは覇亜零が筵に近づくまでのコンマ何秒の内に不可抗力で体に入ってしまった量でも事足りるほどであった。
しかし反面、その毒の効果は極少量の摂取でも大量の摂取であっても変化は無く、その他の同じような種類のガスと同等、あるいはそれ以下の効果となっていた。
この毒ガスは元々筵が相手にダメージを与え過ぎない程度にと配慮し、フランにリクエストして作成してもらったものであった。
だが、それでも人間を30分から1時間程度は動けなくする程度の効果はしっかりと備わっているはずであり、この場合、異常なのは覇亜零の体の方であると言えた。
「なるほど、あの子はきっと根性と言うのを計算に入れ忘れてしまったんだねー」
小声でそのように呟いた筵は先程まで使っていたサバイバルナイフをしまい、同時に隠し持っていた少し大きめの果物ナイフの様な形のナイフを取り出す。
「な、なんだそれは?」
「なんだろーね。逆になんだと思います?」
筵は挑発する様に言い返し、何時もの半笑いで覇亜零を上目遣いに見る。
「・・・毒だな」
「おお、正解正解。よくわかったね」
「ちっ」
筵の取り出したナイフはパッと見では変な箇所は見当たらなかったが、感やその他の状況から覇亜零はナイフの秘密を潜在的に理解することが出来た様子であった。
そして、筵は敵の感の良さに少しばかり関心した後、徐ろに懐から小さい箱のようなものを取り出して、その中に入った小さい試験管を手に取ると、そこに入った液体を相手に見せつける。
「でもこのナイフの毒は先程のガスとは違うよ。この毒は身体に入ると、それはもう耐え難いほどの激痛が全身を駆け巡る・・・らしいからね。・・・ああ、でも安心してくれよ。すぐに死ぬ様なものでは無いし、それに解毒薬もここにある」
そう言うと筵は解毒薬と薬が入っていた緩衝材が敷き詰められている箱を交互に見る。そして、覇亜零の方を向いた状態のまま箱を後方の林に投げ捨て試験管を裸の状態のまま、上着のポケットにしまう。
「さ、続きを始めようか?」
「・・・ぐ、貴様」
筵の行動の意図を読み取った覇亜零は、もの凄い剣幕で睨みつけてくる。
そう今までの戦闘では解毒薬は箱に守られて割れることはなかったが、今は筵のポケットの中に裸の状態で入っている。
もしも筵へと攻撃を仕掛けた時にそれを割ってしまい、その後、偶然に毒の塗っているナイフで斬られてしまったら、すぐに死なない毒とはいえそれは命に直結する案件であった。
ましてや今は先程のガスにより普段よりも動きが鈍くなってしまっている。
万全の状態の覇亜零ならば、攻撃を受けない自信はあるが今の状況ではどうとも言えなかった。
「貴様、卑劣な真似を!正々堂々、本気で勝負したらどうだ!!」
再び筵を指さし怒鳴る覇亜零。
それに対して筵は腕を組み、小さく笑う。
「・・・うーん、残念だけれど、"正々堂々"と"本気"という言葉は僕の中で同居出来ないね。・・・何せ僕はこう言った卑劣な作戦が得意分野なんだ。だから卑劣な作戦を使わないで真摯に戦っている僕は本気では無いと言えてしまう」
それから筵は相手に反論させる暇を与えずに、更に言葉を連ねていく。
「それに僕からしたら君のスピードやガスに負けないその強靭な身体なんかも卑怯そのものなんだよ。・・・だけど僕はそれをズルをしているとは思わないし、真剣勝負とはそういう物だとすら思っている。君にはスピードと強靭な身体があり、僕には死んでも蘇ることが出来る能力と卑怯な作戦を思い付く頭がある。勝負とはそれらの自分の持つ全てを使って貪欲に勝ちを取りに行くことではないのかな?そして、それが相手への最大のリスペクトだと、そうは思わないかな?」
この状況を筵の事を知っている人が見たら、よくそんな心にも無いような耳触りのいい言葉を並べる事が出来るな、と呆れる所ではあった。
しかし。
「ぐ、た、確かに・・・」
その場に対峙している当の本人である覇亜零は妙に納得してしまった様子であった。
そして、敵を丸め込まれている事を確信した筵は、再び半笑いを浮かべ、ナイフを構え口を開く。
「じゃあ、改めて"真剣勝負"と行こうか?」




