模擬戦と平常授業 9
「それじゃあいぐぜぇ!」
筵がサバイバルナイフを構えたのを確認すると、覇亜零も片足を僅かに前に出し反身の状態で構える。
そして、気づくと覇亜零が元いた場所には既に彼の姿は無く、小さい砂煙と僅かな旋風が痕跡として残されているだけであった。
「!?」
一瞬で姿をくらました覇亜零のスピードと能力の説明が馬鹿正直であった事に驚きながらも、筵は比較的冷静に校舎側から後方の木々が生い茂った学園の敷地の林をその場から動かずに見渡す。
しかし、辺りからは微かに覇亜零が地面を蹴ったであろう音が聞こえるだけで、速すぎるためかその姿を見つけ出すことは出来なかった。
「・・・」
その時間が数十秒続き、筵はポケットに手を突っ込んで、その中に"ある物"を手に取る。
しかしすぐに、それを使うのはまだ早いと判断し、それをポケットに置き去りにし再び敵を探し始める。
「ふう・・・」
だが、やはり敵を目で追うことが出来ない。とそう悟った筵はため息を1つもらし、次の作戦として構えたサバイバルナイフをゆっくりと下ろすと目を瞑り、少し脱力して、精神統一をするふりをしてあえて隙を作ってみせる。
この行動を受けて、もし普通の精神を持った敵ならば何か裏があると警戒し、その行動の意味が分かるまでは直接攻撃を仕掛けてこないだろう。
しかし、この敵の性格を考えれば無警戒に攻撃を仕掛けてくることは十分に考えられた。
とにかく、このスピードで動かれては生身の筵ではどうしようもない、一刻も早くこの状況を打破したかった。
そして待つこと数秒、遂に時は来た。
「どうした心の目で見るってか!だが隙だらけだぜ!!」
突然、筵がガラ空きにしていた右側の後方の辺りから覇亜零のうるさい声が響き、敵がようやくその姿を現す。
「来たね」
「なに!?」
筵は目を瞑った状態のままでほぼ真後ろに居る覇亜零に向けてサバイバルナイフを突き立てる。
そのナイフの進行方向には完全に敵の身体が存在していて、あとはナイフを押し込み敵を切り裂くだけ。
・・・のはずであった。
だが、その刃の先には既に覇亜零の姿は無くなっていて、筵の攻撃は空振りに終わる。
「今のは焦ったぜ!」
「くっ」
敵の声が次は自分の前方から聞こえてきている事に驚いた筵は反射的に目を開ける。
すると目の前には黒い物体があった。
「うおらあああぉ!!」
「ぐっ!?」
そして、その物体が靴であるという事を理解した瞬間には筵は顔面を蹴り飛ばされていて、10m近く後方へと吹き飛ばされる。
「これは完全に折れているな。・・・でも頭と身体が繋がっているだけでも喜ぶべきかな」
吹き飛ばされた先でゆっくりと立ち上がると、鼻に手を当て怪我の具合を確認するとすぐに1度死んで怪我をリセットする。
「なるほどその能力、実に厄介!だが、だからこそ次は手加減しねぇぜ!!だってよ、どうせ復活するんだから身体が粉々に吹き飛んでもいいってことだもんな!!!」
「・・・仕方ない。次はこっちを使うか」
身体中の気を脚に集中させている覇亜零に対して筵は発煙弾の様な形のものを取り出して、自身の身体で隠しながらピンを抜き、自身の周りに真っ白な煙幕を張る。
「小賢しいまねを!」
「ははは、まあこうでもしないとただのサンドバックだからね」
そんな話をしている内に、煙幕は徐々にその範囲を広げていき、半径10mほどが煙に包まれていく。
筵の用意した煙幕の継続時間は2分から3分ほど、それが切れるまでに次の作戦を考える必要があった。
その為には、まずは後方の林へと身を隠す事が得策。
筵はそう考え、覇亜零のいた方向を向いた状態で数歩後ろへと後退する。
「ふう・・・」
「おいおい、まさか一息付けるとでもおもってるんじゃねーよな!」
「えーダメかな?でもこの煙幕だから晴れるまでは動かない方がいいんじゃないかな?ほら視界が悪いと転ぶかもしれないしさ」
「関係ねーよ!こんな煙、俺が蹴り飛ばしてやるぜ!!」
「蹴り飛ばす?」
覇亜零の啖呵から数秒、不気味な沈黙が訪れる。
そして。
急にゆったりとした風が吹いたと思った次の瞬間、バチンという服と肌がぶつかる音が響いて、その後に突風が吹き荒れ、その風により筵は尻もちをつき、同時に一瞬にして煙幕を吹き飛ばしてしまう。
そして、丁度先程筵が立っていた辺りに覇亜零が蹴りのポーズで立っていた。
「下がっていたか!運の良い奴だ!!」
「・・・大丈夫ですか?」
「・・・なんの事だ?・・・っ!ぐっ!!?」
覇亜零は急に苦しそうな声を上げると膝から崩れ落ちる。
「ど、どういう事だ!」
急に訪れた体の異変に動揺を隠しきれない様子の覇亜零。
それに対して筵は座った状態のまま、小さく半笑いを浮かべると、その疑問に答え始める。
「ああ、だってさっきの煙幕、吸うと痺れるやつだからね」
「っ!?ではなぜお前は!!?・・・っ、まさか!!!?」
「まあ、そうだね。僕も普通に痺れてるよ。でも・・・」
そう言うと筵の身体は急に発光を始め、その光が治まった頃には何食わぬ顔で跪く覇亜零の前に立っていた。
「とにかく、これで逆転だね。降参してくれるかな?」
再びサバイバルナイフを構えた筵は敵に向かって歩き出す。
「・・・やるじゃねーか!」
「?」
覇亜零は跪いた状態のまま声を上げ、足を震わせながらゆっくりと立ち上がり始める。
そして。
「やってくれるじゃねーか!!」
その叫び声と共に完全に立ち上がった覇亜零は、筵へと睨みを効かせる。
「あれ?結構強力なやつって言ってたんだけど?」
筵は空の発煙弾と覇亜零を交互に眺め呟くと、苦笑いを浮かべた。




