模擬戦と平常授業 7
「ここは・・・どこかな?」
筵はふと気付くと5cmほど眼前の壁をひたすらに見つめ、ただ立ち尽くしていた。
「・・・ここはトイレ・・・だね」
周囲見渡し、自分が飛ばされた場所はトイレの個室であると分かると、一旦蓋の閉じているトイレに座り、落ち着いて状況を整理しようと試みる。
が、しかし。そう思ったのもつかの間。
突然にドゴン!という爆発音が少し遠くの方で響き、その後も連鎖的に何かが爆発する音や破壊される音が鳴り響いていく。
「もうやっているんだね〜」
筵はそれがいささか早すぎる事にうすうす気づきながらも、独り言を呟く。
これがもしも誰かと誰かが戦闘をしている音だとするならば、敵チームとこちらのチームの誰かがだいたい同じ場所に転送されてしまった事になってしまう。
その様なミスを果たしてするだろうか?
筵はそう考えると、事前に渡されていた仲間とコンタクトを取るためのマイクとイヤホンを取り出し装着する。
そして、ある人物へと連絡を取った。
「筵様どうしましたか?」
「やあ斬人君。調子はどうだい?」
筵が連絡をとった人物とは、自身の補佐でもあるハーベスト、破魔野斬人であった。
「ええ、先程トラップの様なものをいくつか踏んでしまいましたが何とか無事です。筵様は大丈夫だったでしょうか?」
「ああ、僕はまだ動いていないからね。それにしてもトラップかい?」
「はい、私が踏んだもの以外にも何回か爆音が聞こえましたので学園中に仕掛けられていると予想できます」
「・・・なるほど敵の能力か参加者には内緒で設置されたギミックかは分からないけれど、危険だね」
そう、それはとても危険であった。
たとえトラップ自体に大きなダメージを与える事は出来なくとも、その音が敵に場所を教える事に繋がってしまう。
そして、これがもし敵の能力であったなら尚のことであった。
「それで君は今どこに居るんだい?」
「はい、一旦トラップを避けて教室に入りました。ここは・・・3年のBクラスですね。合流いたしますか?」
斬人は心無しか嬉しそうにたずね、それを受けた筵はいくつかのシナリオを頭の中で考える。
「それも手だね。ただ僕はまだ自分がどこに居るかも分からない状況なんだ。だから、もしそうした方がいい状況になったら後で連絡させてもらうよ。・・・ああ、それと今回は多くの人が注目しているから"本気"を出す時は周りのカメラとかに十分注意してね」
「あ、ああ、は、はい、ごほん・・・ご心配ありがとうございます」
「うん、ではまた今度ね」
「はい。では連絡をお待ちしています」
斬人は最後に毅然とした口調でそう言い、一旦通信を切る。
そして筵は、斬人から得た情報を踏まえて再び思考を巡らせ始める。
先程まで学園内に響いていた爆音はいつの間にか収まっていて、皆、斬人と同じように一旦隠れたのであろうと予想が立てられた。
「・・・仕方ない。僕も動くか」
ここで考えていてもトラップの正体を特定出来ないと悟った筵は重い腰を上げるとトイレの個室を後にして、廊下へと出る。
するとすぐに空中に浮いているドローン型のカメラのようなものがそのレンズを筵の方に向ける。
「なるほど、これで中継しているというわけか」
そう呟いた筵はこの映像を見ていると予想されるZクラスの生徒たちに向けて手を振り半笑いを浮かべる。
そして、同時にこの監視下では不用意に魔剣を使う事が出来ないという事を感じ取る。
そんな事を考えながら筵は見渡す様にして進行方向の先の廊下の奥を眺めた。
筵の視線の先には見慣れた長い廊下が広がっていたが、そこに誰かの姿を伺う事も出来なかった。
「うーん・・・」
筵は敵に位置を知られる危険性とこのまま動かず試合が後手に回ってしまうかもしれないリスクを天秤にかけ考え、そして同時に自分の役割を考える。
現在、このトラップによりきっと自分のチームは身動きが取りずらくなっているはずであった。
そして最悪のパターンとしてこれがもし敵の能力であったなら、敵チームは普段通りに行動出来ることになる。
そうなった場合、こちらが圧倒的に不利である事は目に見えていて、このまま場が硬直してしまう事が1番避けなくてはならないシナリオであると考えられた。
・・・ならばこの状況での筵の役割はただ1つ。それは普段の学園生活でも特に筵が得意とする行為。
そう、場を掻き乱すことであった。
「仕方ないか」
ため息混じりに筵はゆっくりと歩みだし、そのまま普段と変わらぬ速度で歩行を開始する。
そして、最初の1歩踏み出してから、まだ数える程しか歩いていない所で筵が踏んだ地面が何かの起動音を鳴らし、同時に足元に魔法陣のようなものが現れる。
「!?」
ドゴン!という爆音と共に筵の足元の地面から爆炎が上がり、同時に辺りには爆発による衝撃波が生じる。
「思ったよりは威力が無いのかな?いや、抑えてるのか?」
しかし、その爆炎の中から涼し気な様子で出てきた筵はトラップについて考察しながら尚も歩き続ける。
だが、さらに数歩歩いた所で再び地面に魔法陣が生じる。
そして発動されたトラップから今度は植物が生え始め、それらは急激に成長し、筵の身体に巻付きついていく。
「はるほど、ホラッフにもひろいろはるのか」
しかし瞬時にトラップが先程のものとは違うと察した筵は咄嗟に武器として隠し持っていた手榴弾のピンを口にくわえた状態で植物に巻き付かれていた。
そして、植物の成長が止まりそのトラップの全貌を確認すると口に咥えていたピンを抜き、そのまま足元に落とす。
すると再び爆音、爆発、爆炎が巻き起こり、その後、爆煙の中から筵が身体にまだ纏わりついていた僅かな木屑を払いながら現れる。
「しかし頻度がすごいね」
筵は少し呆れた様子で笑いながらさらに前進を続け、その後も数歩から十数歩ほどの間隔で設置された電気ショックや刃物などの多種多様なトラップをその身で受けていき、取り敢えずの目的地として廊下の端まで向かった。




