模擬戦と平常授業 1
「貴様という男は!!」
天理は筵の胸ぐらを掴み、そう怒鳴りつけるとそのままの勢いで壁へと叩きつける。
それは刀牙たちと天理との諍いの決着を、学園の敷地内を舞台とした6対6のチーム戦の勝敗で決めると纏まり、丁度、その模擬戦の開催される十数分前の事であった。
結局、天理に学園から手を引かせる目的で筵が集めた、協会の乱暴なやり方を録音したデータは、様々な能力の溢れるこのご時世では決定的なものとはならず、また非人道的な実験の資料も公表した所で、致命傷にはならないものであった。
さらに筵と刀牙たちが一枚岩では無いことは、明らかであったため最終的には、刀牙たちと天理の妥協点であるこのような解決方法に纏まってしまった、というわけであった。
「なんの事だい?よく分からないのだけれど」
「・・・っ!、お前が、お前が孵を誘拐したのだろう!!」
天理はすごい剣幕のまま、そう言って筵に手紙を見せる。
その手紙には宮前孵を誘拐したという内容が短い文で書かれていて、同時に椅子に座っている彼女の写真が添付されていた。
しかし、その手紙に書かれていたのはそれだけであり、誘拐した理由、そして、要求等は一切書かれていなかった。
「いやいや、僕が嫌がる女の子を無理矢理に連れ去ったとでも言うつもりかい?君は僕がそんな恐ろしい事が出来る人間に見えるかな?」
筵は胸ぐらを掴まれながらも、冷静な表情といつもの半笑いで天理に答える。
そして、間髪入れずに言葉を続ける。
「それに証拠はあるのかい?もしあるのなら、どのようにして誘拐したのか、その手口と共に教えて欲しいものだね」
「・・・」
筵の問に天理は押し黙る。
宮前孵の持つ呪い、前衛的前衛の背後霊は、自分に被害を与えようとするものに対して、孵を守る存在を強制的に召喚し、与えられる被害、さらに被害を与えてくる敵を彼女の意志とは無関係に排除する、というものであった。
そして協会側が孵に対して行った様々な実験のデータをふまえて考え、天理にはそれらの制限に触れることなく孵を誘拐する手段が思い当たらなかった。
「まあ何にせよ。君はこんな所で戦っている場合ではないのではないか?と助言をさせてもらうよ。・・・そう、妹さんの為にもね。きっと彼女もそれを望んでいると思うからさ」
そう言うと筵は胸ぐらを掴む天理の手を優しい手つきで振りほどき、ゆっくりとした足取りでチーム戦のスタート地点であるコロッセオ状の模擬戦場へと向かう。
「い、言われなくとも、現在、研究者たちが極秘裏に捜索を行っている。絶対に、絶対にお前の尻尾を掴んでやるぞ」
そしてそんな筵の姿を数秒間、唖然とした表情で眺めた天理はハッと我に返り、筵の後ろ姿に向けて叫ぶ。
「ん〜、なるほどね〜。・・・でも、その方法で果して見つけ出すことができるのかな〜?」
「どう言うことだ?」
「・・・まあまあ、戦っている最中でもいいからさ、どうやったら妹さんを誘拐する、なんて人並外れた事ができるのか考えてごらんよ」
天理の言葉に筵は振り返ることなく立ち止まって、飄々とした様子でそう言うと、再び、会場へと足を進めた。




