天使再臨で・・・ 4
「いやなもの見ちゃったな」
避難所を梨理たちに黙って抜け出していたれん子は、物陰に隠れながら呟いた。
避難所を出て淵のいる学校に向っていたれん子は、学校の方向ではない辺りにワープホールが発生したのを目撃した。
淵のことは心配だったが、どうしても気になったれん子は、学園側の方は筵に任せ、目撃したワープホールの方向に向った。
そして10分で現場にたどりつき、今に至るわけである。
そこでれん子の目撃したものは、数十の天使型ハーベストたちに捕まっている一般市民たちであった。
そこは、元は避難所だった所だが、天使型ハーベストの襲撃で降伏したのだろう、避難所からゾロゾロと市民が出てきていて、みんなこの先のことを考えて絶望したような顔をしていた。
するといきなり捕まっている一般人の何人かが、天使型ハーベストに抵抗を始める。
「ハーベストが調子のってんじゃねえぞ!」
「やって、やろうぜ」
その声を合図に、ほかの人たちは一斉に逃亡を計る。
抵抗をした者達は恐らく能力者であり、降伏する前に避難所でこの作戦を計画して、今、実行に移したのだろう。
「おやおや、家畜が私に牙を向きますか。この四天使の1人、ミューカエルに」
天使型ハーベストの中で1人だけ違う服を着て、天使の羽を4枚持ち、一際、妖艶な容姿を持った女性のハーベストが飛び上がり抵抗した者達の向かいの、地上数メートルの辺りに陣取った。
ミューカエルと名乗る、恐らくこの軍を指揮している天使型ハーベストは4枚の羽を翻し、抵抗をした者達に見下すような笑みを浮かべている。
そして、持っている剣を振り上げると、そこに雷が降り注いだ。
「死になさい、愚かな家畜たち」
剣を抵抗した能力者たちに向けて振りかざすと、能力者たちに轟音とともに雷が降り注いだ。
轟音と光が収まると能力者たちは全員、体から煙を出して倒れ込んでいた。しかし能力者たちは気絶しているだけで、ギリギリ息はあるのか時々、痙攣する様に動いている。
能力者たちが一撃でやられたのを見て逃げ惑っていた一般人は、立ち止まり絶句している。はじめの方に逃げた者達も空を飛ぶことが出来る、天使型ハーベストに回り込まれて捕まっていた。
「何人か見せしめに殺しなさい。そうすれば言うことを聞くようになるでしょう」
ミューカエルの命令で残虐な殺戮が今、行われようとしていた。
「これはまずいな。他にどうにかしてくれそうな人もいないし、出し惜しみしている場合では無いかもしれないな」
れん子は物陰から事態を見ながら呟くと、黒い禍々しい闇のようなものがれん子の手元に集まり、収束して鞭のような物を形作った。
しかしこう言ってはなんだが、れん子の容姿とその鞭はあまりにも不似合いであった。
「行きますか」
れん子は少し考えた後、意を決して飛び出す。
「おばさんハーベスト、私が相手をしましょう」
れん子はミューカエルに向かって指を差してながら叫んだ。ミューカエルはその声に振り返り。れん子の方を見ると苦笑する。
「おやおや、どんな方が現れたかと思ったら。あなたみたいな不細工にはおばさんとは言われたくないですね」
「私が不細工だとしても、おばさんがおばさんなのは、揺るがない事実だよ。論点をずらさないでくれない?それに私はお決まりの、眼鏡取ると美人キャラだよ?もっとも、人前では二度と外さないって決めてるけどね」
れん子の筵直伝の挑発を仕掛けながら、瓶底眼鏡の真ん中の部分を指で押して掛け直す。れん子の挑発に乗ってしまい、少し眉間にシワを寄せるミューカエル。
そして、一般人だけでなく天使型ハーベストもその様子を唖然とした様子で眺めていた。ミューカエルは天使型ハーベストの中で女王として君臨していて、そんな言動をする者など他にいないのだろう。
「お前達、まずは、この不細工からやっておしまい」
ミューカエルは少し荒々しい声で部下の天使型ハーベストに命令した。部下たちは唖然とした所から復帰するのに少しの時間を費やした後、れん子に向かって襲いかかる。
それぞれが、水やら炎やら風やらの能力を発動させながら、れん子に向かって、空を飛びながら突っ込んでくる。
れん子まであと数メートルといった時に、天使型ハーベストたちはれん子の姿を見失ってしまった。
自身の能力により自分の存在感を0にしたれん子は、他のものから目撃されなくなっていた。
そして、おびき出されてしまった十数体の天使型ハーベストに向けて、れん子は先ほどの鞭を打ち付けた。
その鞭はただの鞭では有り得ない威力で敵を蹴散らし、十数体の天使型ハーベストは一撃で一掃されてしまった。
他人から見れば、天使型ハーベストたちは何もされていないにも関わらず、突然、衝撃波のようなもので体に傷が出来て倒れたように見えただろう。
そして、他人視点での、その現象は次々に繰り返されて、れん子から遠い位置にいた天使型ハーベストも餌食となり、やがて量産型の天使型ハーベストは全滅してしまった。
「な、何が起こってるのですか?」
ミューカエルも、もちろん見えていない、その現象の正体に困惑していたが、少し考えてある結論に至った。
「そ、そうですわ。姿が見えなくなる能力ですね。なんと浅はかな、そのような能力では私の神の雷からは逃れられませんわよ」
ミューカエルは先ほど能力者を全滅させた時と同じく剣を天高く掲げた。
「その辺一帯を焼け野原にしてあぶり出してあげましょう」
「そんな暇あるのかな?」
地上数メートルの辺りの位置で浮遊しているミューカエルの真後ろから声が響いた。ミューカエルは慌てて後ろを振り向こうとしたが間に合わず、謎の衝撃波によって地面に叩きつけられてしまった。
「くそがぁぁああーー!!」
ミューカエルは叫びながら再び飛び上がり、空中で自分の周りに雷を走らせ、雷で出来た5mほどの球体のような物になった。
「これなら、何処からかも攻撃できねぇだろ」
完全にキレてキャラ崩壊を起こしたミューカエルは顔を歪めながら汚い口調で叫んだ。
「1点に集中しているならともかく、そんな薄いバリアじゃあ、このイロジカケの攻撃はガードできないですよ」
声と共にあの衝撃波が起こり、ミューカエルの雷のバリアを残さず剥ぎ取れ、続いて二撃目の攻撃がミューカエルに直撃して、向かいのビルのガラスを破りビル内の壁に激突した。
「ど、どうなってんだ」
ミューカエルは瓦礫に埋もれながら何とか起き上がった。
「当然でしょう。この鞭は魔剣ですから」
瓦礫の前に突然れん子が姿を表し、自分の持っている鞭を強調しながら言った。
「魔剣、どういう事だ?魔剣にはリスクが付き物の筈だぞ、なぜ平然と使っていられる」
「この魔剣、華刀 イロジカケは敵の注目を全て自分に向けさせてしまう事をリスクとして強力な力を所持者にもたらす。そしてあなたがずっと勘違いしている私の本当の能力は、存在感を操る能力、存在感を0にして誰からも見つけられなくなった私は、例え魔剣のリスクをもってしても見つけ出すことは出来ない。」
「なっ!!」
「私にぴったりの魔剣でしょ?偶然、道に落ちてたんだよね、これ。もし神様ってのが私にこれをあてがってくれたとしたら、そいつは相当お人好しだよね」
れん子はイロジカケを構えながら拾った時のことを思い出してほくそ笑んだ。
「やめろ、やめてくれ」
「それは聞けないな、せめて、丸一日は動けないようにしておかないと」
れん子は瓶底眼鏡を怪しく光らせて、鞭を振り下ろした。