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引き抜きと平常授業 3

 しかし、多くの意見が出揃うことと、最終的な結論を出す事では、やはり違っていて、今後の方針の最終決定を前に会議は滞っていた。


 そして。


 「まず今回の引き抜きによる学園の戦力低下などのリスクを文書にまとめて学園の生徒の総意として彼に提出し検討してもらう。そういう名目ならば、おそらく彼も簡単に却下は出来ないはずですから、それにより、何らかの糸口が見つかるかもしれません。・・・そして、もしそれが却下されてしまったら、最終手段として、"自分よりも弱い者の下では働けない"などと、いちゃもんをつけて彼に何らかの勝負を挑み、勝った方に従うと約束させる。こんな所でしょうか?」


 一向に埒が明かない状況を見兼ねたスチュワートが、当たり障りの少ない、いくつかの意見をまとめて、そのように提案する。


 「そうね。まず生徒の総意を正当な形で示し、その後の実力行使を、意見が却下された事での生徒全体での氾濫(いちゃもん)と言う風に装えば、相手は受けざるを得なくなるかも、それに私達を倒せば、他の生徒達も大人しくなると考えて、進んで乗ってくるかもしれないわね」


 「ではまずは、今回の改革の問題点を洗い出し、生徒達に密かに伝える。そして・・・あまりこういう事はしたくないですが、生徒たちの不安や不満を煽って、改革に反対する生徒達を増やしていくという事を当面の方針にしましょう」


 スチュワートとかぐやは自分達の出した案を主軸に、そのように意見をまとめあげて行く。


 しかし。


 「お言葉ですが、お2人とも。それでは決定打にかけていると思います。あの斎賀という人は筵先輩やわたしたちを引き抜いている事からも分かるように、冷静でかつ自分の感情やプライドだけで動いたりしない人物であると推測できます。たとえその条件に向こうが応じて、勝負の結果、わたし達が勝ったとしても、その後で"あれは冗談だ"などと言うかも知れません」


 「私も淵ちゃんに賛成かな。会長たちの意見だと少し現実味が薄い気がするし、やっぱり何事にも奥の手は必要だと思う」


 淵はスチュワートたちに対して反対意見を述べ、それにれん子も賛成する。


 「・・・それに、そもそも彼に勝てるかも問題じゃない?会長たちの作戦だと負けたら、そこでおしまいなんでしょ?」


 れん子はそう言うと、横目で元幼馴染の顔を見て、さらに言葉を続けるため口を開こうとする。


 しかし。




 「藤居さんはもしかして、斎賀くんに負けても最終的に僕の母さんに頼み込めば、何とかなるって思ってるかい?」




 れん子の言葉は、彼女の様子を見守っていた筵によって割り込まれてしまう。

 

 「え?」


 「だからさ〜、僕の事をそんなに信用してくれるのは嬉しいけれど。僕がここの3人の引き抜きだけでも止めてくれ。と斎賀君に頼むかも知らない事も頭に置いていた方がいいよってこと」


 「・・・あんたねー」


 「いやいや、そう怒らないでよ。これは君たちの為に言っているんだよ?僕は、今のところは君たちを裏切るつもりは欠片も無いけれど、色々失敗に終わって、さっき僕が言った事が一番いい落とし所だと判断したら、迷わずそれを選択するよ?僕がそういう奴だって知っているだろ?」


 「・・・」


 「それを踏まえてどうだい。さっきの作戦はあれで本当にいいの?僕にやって欲しい事は本当に無いのかな?・・・これはとても珍しい事なんだよ。僕が未だかつて君達に、こんなにも協力的だった事が果たしてあったかい?」


 筵はなにか期待しているような様子で首を傾げ、そう告げる。


 そして、そのまま数秒間の沈黙が訪れた後、静かな部屋にかぐやのため息が響く。


 「・・・はあ、そうね。じゃあ、お願いするわ。やり方はあんたに任せるけど、多くの生徒達が不幸になる方法だけは止めて」


 「ちょっと、かぐやさん!?」


 「スチュワート。心配しなくても、こいつはそこまでの悪人じゃないわ。それに私達が学園から居なくなったら自分達も困るって事くらい重々承知してるのよ」


 かぐやは自分に異議を唱えるスチュワートを非常に遺憾な様子で宥める。


 「さすが、よく分かっているね」


 かぐやの言葉に、筵はそう言っていつもの半笑いを向けるが、かぐやは目を合わせること無く、そっぽを向いてしまう。


 しかし、筵はそれに傷心することは無く、何事もなかったかのように言葉を続けていく。


 「・・・あと、会長さんの意見も決して悪い訳ではないと思うよ。特に生徒達の総意として文書を提出するなんて、僕では決して出来ない作戦だからね。お互いに出来ないことをすると言う今回の協力のコンセプトにぴったりだよ。だから僕もそれに対して、君達が出来ない様なことで答えるべきだと思うんだよ」


 筵は白々しくそのような事を言いながら、スチュワートから刀牙の方へと流し目に見渡す。


 筵の目から見たその2人は、まだ納得して居ない様子ではあったが、納得して居ない理由は、2人でそれぞれ異なっているような印象であった。




 「・・・□□□」


 そして、刀牙はそんな筵に、少し戸惑いながらも、"君一人に損な役回りを任せられない"という趣旨の言葉を言うと同時に、天理に対しても気を使う様な、真っ直ぐで、尚且つ、お人好しな言葉を並べていく。


 そして、最終的には皆が損せず、幸せな方法がある筈だと豪語してみせる。


 「なるほど、"みんなが幸せな方法"か〜、それは大きく出たね」


 筵は刀牙の言った胸を打つ言葉をオウム返ししながら、"うんうん"と何度か首を縦に振る。


 「ではそんな君に朗報だよ。世界のすべての人間が幸せになる単純明快な方法を教えてあげようじゃないか」


 急に突拍子も無いことを言い出す筵に対し、皆、頭に?マークを浮かべながらその様子を伺う。


 「それはとても単純な話さ。・・・そう、人の数だけ宇宙があればいいんだよ。例えば、100万人が宝くじを買ったとしても、その人数分の宇宙があれば、それぞれの宇宙で全員が一等に当選することができる。これがみんなが幸せになる方法だよ」


 「なにを馬鹿な事を言っているのです。そんなの不可能に決まっているじゃないですか」


 筵が言ったふざけた理論に対して、スチュワートがすぐに反論をする。


 だが、筵はその言葉を待ってましたと言わんばかりに、スチュワートに対して、半笑いを向ける。


 「そう会長さん。そして日室くん、その通りなんだよ。・・・しかし、それは悲しきかな、"すべての人間が同時に幸せに成る事"の答えでもある」


 筵は悟り尽くしたような顔でそう言うと、丁度そのタイミングで最終下校時刻のチャイムが鳴り響き、粗方の方針が決まったものの、完全に決定することは無く解散となった。

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