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冬の初めに平常授業 8

 全校集会後、Zクラス内。


 「それでこれからどうするんですか筵先輩?」


 「うーん、まあ、僕の仕事はこれでもか。と言うくらいにこなしたから、後は日室くんにバトンタッチかな」


 全校集会の事を振り返り質問してくる淵に筵は半笑いで断言する。


 「まあ、もしも、このクラスに飛び火するような事があったら、その時はまた親の力(どんな手)を使ってでも対処するから任せてよ」


 「また、カッコ良さ気に、最高にカッコ悪い事を言いましたね」


 筵の情けない発言に対して淵は自身の机に頬ずえを付きながら、苦笑いを浮かべる。


 「ははは、カッコ良い、カッコ悪いなど気にしている内はどんな手を使ってでも、なんて言葉を使ってはいけない、と言うのが僕の持論なのさ。その気になれば土下座だって何だって涼しい顔でやるって位の気概だよ僕は」


 淵の小言を独特の持論で返す筵。


 現在、AクラスからFクラスの生徒達は、天理たちを交えてレクリエーションの意味合いを含んだ合同での訓練を行っている所である。


 このレクリエーションというのは、表向きは天理が訓練を見学し、アドバイスをするというような茶番であったが、本当の所は天理が自分の力を見せ付けるために設けられた場であるという事は、実際にそれを見ずとも容易に想像出来た。

 

 「きっと、今頃誰かしらが、見せしめにされているのかな〜。向こうは大変そうだね」


 「結構協力していた割に、他人事のように言うんですね」


 「そりゃあ身内以外はみんな他人だからね。どうなろうとあまり興味無いさ。・・・まあ状況が進展するまでは低みの見物とさせてもらおうよ」


 筵はそう冗談半分に笑いながら言うと、大人しく自習に取り掛かる。


 しかし、そういう時に限って状況は急激に動いてしまうものであり、この時もその例外では無かった。


 


 

 「本田さん大変です。納屋(なや)先生が・・・」




 突然、Zクラスのドアが開き、息絶え絶えな様子で筵達にそう伝えたのは蛭間笑であった。


 そして、その言葉を受けた筵達は一瞬、お互いに顔を見合わせ、すぐに立ち上がると笑に連れられて学園の医務室へと向かった。


 

 


 「いや、すまんすまん。そんなに心配はいらないよ。ただちょっと体力を使ったから目眩がしてしまったんだ」


 医務室のベットで横になっている蜂鳥は自分の事を心配して駆け付けた筵達に笑いかける。


 蜂鳥はトレードマークのペストマスクを外していて、顔色は少しだけ悪いように伺えたものの、命などには別状が無い様子であった。


 「納屋先生は3年のAクラスの先輩たちとあの斎賀って人との模擬戦を止めた後、急に倒れてしまったんす」


 「お、おい蛭間。それじゃあ私があいつの攻撃を受けたみたいに思われるだろ。違うぞ、これを使ったせいなんだ」


 言葉足らずに自分が倒れた状況について語る笑の言葉を訂正した蜂鳥は、筵たちを心配させまいと首に掛けてある懐中時計型の何かを持って前に突き出す。


 「これはあと10秒だけ(クロノスタシス)と言ってな。一定空間内の自分以外のモノの時間を10秒間停止させる秘宝なんだが、その間、自分の持っていたもの以外は、めちゃくちゃ硬くて重い物質に変化してしまうから、敵を攻撃してダメージを与える事も、敵から物を奪いとることも出来なくてな、唯一出来ることと言ったら、ただ移動くらいのものなんだ。しかもそのくせ燃費がすこぶる悪くて1回使っただけでこのザマだよ。いやー、不甲斐ないな」


 自分の頭を擦りながら、照れたような笑みを浮かべる蜂鳥は更に言葉を続ける。

 

 「でも、もしもの時のために理事長から預かっていたのが、こんな所で役に立ってよかったよ。・・・ああ、ほらお前ら、お見舞いに来てくれたのは嬉しいが今は授業中だろ?さっさとクラスに」


 ガラガラ。


 不意に蜂鳥の言葉を遮り、医務室のドアを開ける音が故意にうるさく鳴り響き、話しの中心人物である天理が入室してくる。


 そして、天理は早歩き気味に人の中をかき分け、筵の真横、蜂鳥の前まで来て立ち止まる。


 「先生。目覚めたのでしたら、さっさとこの人類にとって害悪にしかならない能力を解除してくれると助かります」


 そう言った天理の表情は、例えるなら、焦りや怒り等の感情を綯い交ぜにした物にクールな表情で蓋をした様な印象であった。


 「そうか?少なくともやり過ぎな能力者にお灸を据える事が出来ているだろ」


 「・・・っ!」


 天理は蜂鳥の冗談交じりの言葉を受け、無意識なのかも意識的なのか分からないが、ゆっくりと蜂鳥の胸ぐらに向けて手を伸ばす。


 しかし。


 「おいおい、相手は疲労で動けないロリっ子だぜ?」


 蜂鳥に向けて伸びた手は、途中で隣にいた筵によって掴まれ止められてしまう。


 「今の俺に触れることがどういう事か分かってるのか?」


 「ああ、分かっているけど?」


 天理と筵は、(かた)や鋭く睨みつけるように、方や半笑いでお互いの顔を見合う。


 蜂鳥の能力、不能感染エスパー・オブ・ザ・デッドは触れた相手を自分の能力と同じ能力に変化させる能力である。


 そして、能力の熟練度の問題で蜂鳥以外はその能力を強制発動してしまい、ねずみ算式に同じ能力をもった者を増やして感染を広めていってしまう。


 おまけに能力を受けた者は人肌恋しくなるという謎の二次災害付きでもあった。


 「分かった分かった。解除するからやめろお前ら」


 焦った様子の蜂鳥は2人をなだめると、天理に掛けられた能力を解く。


 「・・・どうも」


 天理は強引に筵の手を振り解き、そう呟くと振り返りドアの方へと向かう。


 「君も、もうちょっと心に余裕を持った方が、キャラ的にも箔がついていいと思うけどな〜」


 「・・・はあ」


 筵の不意な問を受けて立ち止まった天理は深く溜息をつき、筵の方を見る。


 「そんな悠長なことなど言っている余裕なんて無いんだ。俺には君たちと違って、この社会全体を守る義務があるのだから」


 「ん、社会全体?人々ではなくてですか?」

 

 「・・・俺はその2つに大きな違いなど無いと考えているが、何が言いたいのかな?」


 天理は筵の言葉に少しだけ怒りの感情を覚えながらもそれを表面に出すこと無く、お互いに黙ったまま数秒間が経つ。


 「まあ、あれだよ。輝く鉄の塊などでは無く、その(あたり)に落ちている木の枝が聖剣だった頃の純粋な気持ちを忘れてしまった僕や君には分からないのかもね」


 筵は、自分と天理を交互に指さすとおちょくる様に首を傾げる。


 「・・・残念ながら俺は物心ついた時から、聖剣を呼び出すことが出来ていた。だから、そんな時など無い」


 「ふーん、それはすごいなー。まあ、羨ましいとは欠片たりとも思わないけどね」


 「・・・失礼させてもらう」


 最後まで表面上は表情を崩す事が無かった天理は、今度こそ筵たちに背を向け、医務室を出て行き、ほんの少しだけドアを強く閉めた。

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