冬の初めに平常授業 7
「・・・以上が来週より実施する新しいカリキュラムの内容になります。実施期間は一応は冬期休暇までを予定していますが、皆様のご協力次第では、早ければ来学期より本格的な実施が可能となりますので、どうぞよろしくお願いします」
演説を終えた天理は1度、全校生徒を見渡し、爽やかな笑顔を向ける。
しかし、そのパッと見は朗らかな笑顔も、その奥には何か違う意味合いを持っているように感じられ、それを向けられた講堂の生徒達は蛇に睨まれた蛙のように押し黙ってしまう。
「筵、感想は?」
譜緒流手は全校生徒の反応と新しいカリキュラムを指して尋ねる。
「概ね想像通りだけど、やり過ぎな気もするね。こう言うのは、あまりにも急激に変化させたり、理不尽な内容にしたりすると、かえって反感を買ってよくないと思うのだけどね。・・・まあ、きっと、大罪型ハーベストの件で調子を良くした能力者協会の上の方の人たちが、母さんに頼らなくても魔王型ハーベストと闘えるような国を作ろうとしてると予想するけど、どうなのだろう。・・・いや別に、それ自体はいい傾向だと思うけど、問題はどうして母さんに頼りたくないかって事だよね〜」
栖はこの国、そしてこの星の最終兵器であり、人類の存亡を脅かす程の強大な力を持った敵である魔王型ハーベストが出現した時に限り、戦いに参加する事になっている。
それ故に図らずも栖の発言力は、高くなってしまい、協会の中にはそれを良く思っているものも多い。
この改革案が、そういう者達の差し金である事は想像に難く無かった。
そして筵は天理の言った内容を思い出す。
まず1つは先程も言っていた平常授業の削減と実践訓練の増加。
今回の実施では授業時間の3分の1を訓練に変えるようだが、将来的には半分程まで増やしたいと話していた。
2つ目は、実力主義の実施。
これは、元々学園内に存在していたが、今回の件で更に顕著になるということで、具体的には、クラスごとの給付金や設備、受けることの出来るサービスを変えるなどで、それにより実力の向上を促す事が目的らしい。
そして3つ目は特に秀でた生徒の引き抜きである。
この学園で言うなら、例えば日室刀牙や他の聖剣保持者等の特に優秀な生徒を学園に置いたままにしておく事は国の損害になるとして、そういった生徒を自分の部下として重要な任務に付かせたいと語っていた。
「以上で俺の話は終わりです。何か質問などはありませんか?」
天理は暗に"文句はありませんね"と言っているようにそう告げる。
生徒達の、特にBクラス以下の者達の中には、それに対して不満や疑問を抱いている人も多く存在している様子だったが、天理の作った変な空気を読んでしまい、押し黙ってしまう。
「はあ・・・」
「お、行くのか」
「まあ、こういうのが僕の役目だからね」
筵はため息をもらし、譜緒流手の茶化すような言葉を受けつつ手を挙げる。
天理は最初、誰も質問をして来ない、静まり返った講堂を見て満足している様子であったが、一番後ろの席で何者かがおもむろに手を上げた事に気づき、少しだけ驚く。
だが直ぐに立て直し、恐らく自分の部下であると思われる女性に指示を出して、筵の元までマイクを届けさせる。
そして、その光景を全校生徒が見つめる中、筵にマイクが渡った。
「ええ、本日は貴重なお話をありがとうございます。Zクラス2年の本田筵と申します。いくつか質問をさせてもらいたいのですが、いいでしょうか?」
「・・・はいどうぞ」
やはりと言うべきか、"本田"という苗字を聞いた瞬間、天理の顔は僅かに歪む。
「まず最初に学園の優秀な生徒を引き抜き、さらに重要な任務に付かせたいとの事でしたが、具体的にはそれはどういったものなのでしょうか?それはこの学園が防衛を任されている地方を、そしてこの地方に住む人々の人命を守る事よりも重要なものなのでしょうか?回答をよろしくお願いします」
「まず重要な任務に付いての具体的な内容は、機密保持の観点から、残念ながらお話することはできませんが、もっとグローバルな内容であるという事だけ伝えさせて頂きます。そして、まあ、人命という言葉を出されては痛いですが、それを補う為の、戦闘訓練の増加だと考えていただけると幸いです」
筵の質問に天理は淡々と答えて行き、筵の半笑いに対して、爽やかな笑顔を向ける。
「なるほど、しかし、それにより新しく生れた優秀な者がさらに引き抜かれてしまうとしたら、学園にはそれなりの能力者しか残らないことになる気がします。私の短い学園生活だけでも、そういった者達だけでは切り抜けることが出来なかった事柄が多々あったと思うのですが、その辺はどうなのでしょうか?私の足らない頭では、残った生徒達に人海戦術のような事を強要するくらいの対策しか思い浮かばないのですが?」
天理の返答にすかさず質問を被せる筵。
そして周り生徒たちも、普段なら"お前が言うな"と言いたくなる場面ではあったが、状況が状況だけに今回ばかりはそんな筵に頼もしさすら覚えていた。
「・・・人海戦術は分かりませんが、確かに戦い方を変える事は必要に思います。例えばハーベスト1体に対して、2~4人で対処する事を徹底するなどですね。その辺のコンビネーションも戦闘訓練の増加で補って行きたいと思っています」
「なるほど、まるで歴史シミュレーションゲームをやっているようで、楽しそうですね。・・・では最後に、貴方は全体の幸福の為ならば、個人の幸福は蔑ろにされてしかるべきと考えますか?」
新しいカリキュラムを説明する時と、今、質問に答えている時の言葉の節々から感じる天理の本質を見透かした様に筵は尋ねる。
「・・・ええ、そう思います」
「それは自分の幸福もですか?」
「ええ」
「・・・ご回答ありがとうございました」
天理はきっと耳触りのいい言葉しか言わないと思っていた筵は、嘘無く個人の幸福は蔑ろにされてしかるべきと答えた天理の言動に素直に驚く。
そして、質問を終わらせる前に、1度周りの様子を見渡す。
すると、そこで周りの生徒からの"もっと場を荒らせ"と言いたげな、今までに無い期待の眼差しを受けている事に気づく。
「はあ、ああ、すみません本当の最後にもう1つだけいいですか?・・・好きな食べ物はなんですか?」
「は?」
「好きな食べ物ですよ。好きな食べ物。ちなみに僕はシチューが好きですね。ビーフではなく白いほう。嫌いな食べ物は特にありませんが、ゴーヤとかはちょっと無関心ですかね〜」
「特にありません」
「そうなんですか。ではありがとうございました」
筵は最後にそう言って、女性にマイクを返す。
そして筵が場の空気を壊した事により、筵の後にも何人か質問する生徒が現れ、根本的な解決にはなっていないものの、少しだけ重い空気は緩和された。




