テロ計画で休日を・・・ 8
筵は力が強くなりつつある刀牙を警戒し、数mほど後方へと後退し、多少乱れている呼吸を整える。
「まったく、死ねないって言うのは、こんなにも大変な事だったんだね。本当に皆、尊敬に値するよ」
筵お得意の心臓を止めて、1度死んで体力や傷を回復した状態で復活するという1連の行動も、素性を隠している今は使えない。
筵は久方ぶりに感じる体力切れという感覚を懐かしみながら、尚も力が上昇し続けている刀牙を観察する。
「□□□□□□!!」
そして、その英雄は筵に対して、昔のことを思い出させるだの、目を覚まさせるなどと宣い、それと同時に叢雲移しを持つ手とは逆方向の手に、更なる光を集め、それが剣の形を作っていく。
「目を覚まさせるね~・・・生憎、僕の目はとっくに覚めているよ。そして冷めきってしまっている。まあでも、試してみるといいさ、君の声がちゃんとした言葉として僕に届くかどうかをね」
刀牙の言葉は憧れの人に対して、かつて自分を助け、自身の根幹をなす言葉をくれた時に戻ってほしいという意図で言われたが、筵はそれをまったく違う意味として受け取り、そして筵自身として返事を返した。
"十握剱"。刀牙は新しい力、新しい聖剣に対してそのように名付け、2つの剣を筵に対して向けて構える。
「まったく、計画通りとは言え、嫉妬せざる負えない位に天に味方されているんだね、君は・・・」
筵の計画はこの段階を持ってすべてが終了した。
あとは適当に戦い、押し負けて攻撃を食らい、肩でも抑えながら引けばいい。それが最も合理的で、後腐れ無く、そして、いつもの彼ららしい収め方であった。
しかし、今回はどうしても、その終わらせ方を受け入れ難く思っている自分がいることに筵は気づいた。
そして、自分自身の心を問い詰める様にその感情を分析する。
これは嫉妬なのか?世界を救い賞賛を受ける彼への、あるいは自分から凛を救い出していく事への。
しかし、それは違う。
筵は自分が酷く排他的な人間であると悟っていて、世界からの賞賛など要らなかった。
そして、凛に関しても、自分には彼女を繋ぎ止めておく権利など無く、彼女自身も正義の味方でない自分に対して、そんなことを望まいと分かっていた。
しかし、だからと言って彼女1人のために今の自分を変えようとも思えず、彼女の幸せを思うならこうすることが一番であると自分の中でとっくに結論が出されていた。
そして思考が、何故今の自分を変えられないか・・・という所まで行き着き、筵は気づく。
「信じられないかもしれないけれど、こんな私にも、君が散々、否定したこんな私にすらも、信じて一緒に居てくれる人はいるんだ。僕を否定することは彼女たちを否定する事でもある・・・いや、それすらも、この感情を構成している最も大きな要素ではないか・・・」
筵は自身の心に宿ったその感情が何だったのかにようやく気づく。
これは怒りなのだと。
自分自身が否定される事に対する怒りなど、長らく感じることが無かった筵は、自分にそんな物が残っていた事に素直に驚く。
「驕り高ぶっていたのは僕の方だったみたいだね。どうやら僕はこの生き方を否定されて怒っているみたいだよ。そう・・・何故なら、僕もまた自分こそが正しいのだと思って疑わない、傲慢で、自分勝手で、そして、どうしようも無く人間臭い、そんな一般的な思考の持ち主だったのだから」
筵の言葉は口調こそ、いつも通りではあったが、その節々には強い感情が込められているような印象であった。
これはきっと、今まで絶対的に正しかった日室刀牙が相手だからなのかもしれないが、例え、演技とはいえ、ここで彼に敗北する事は、何か大いなるもの裁定により、正解と不正解が明確に決められる事のような気がしてしまった。
「ここから先は意地の張り合いだ。まあ、でも安心してくれ、例えポリシーを破って、うっかり殺してしまったとしても、あれを使って蘇らせて上げるからさ」
筵は最後にそう言って、両手に持った魔剣を刀牙へと向けた。




