若気の至りと・・・ 2
時刻はすでに、11時15分を過ぎ、あの事件が起こるまで長くて1時間、最短の場合、今すぐにまき起こっても、おかしくない時間であった。
そんな状況で筵はほんの少しだけ焦りつつ、周囲を見渡しながら、子供の頃の自分を探す。
すると、突然筵の周辺視野に両手にジュースをもち、それが溢れないように、気をつけながら、駆け足で接近してくる少女が映り込む。
それに気づいた筵は咄嗟に少女を交わそうとするが、しかし相手が走っていたため、完全に交わすには至らず、衝突してしまう。
そしてその衝撃でジュースは宙を舞い、少女はぶつかった反動で後ろ側に倒れ込む。
「おっと、危ない」
筵は倒れ込む少女に向かって手を伸ばし手首を掴むと、転ばないように引っ張り上げる。
それにより、2つのジュースは、ぐちゃという音と共に地面に落ちて溢れてしまったものの少女は怪我することは無く無事であった。
「・・・ちょ、ちょっと、あなたどこ見て歩いてるの?ジュース溢れちゃったじゃない」
「ごめんごめん。少し、よそ見していたんだ」
子供特有の自分を棚に上げた理不尽な言葉を聞き流しつつ、筵はその少女の顔をまじまじと見る。
そして、その少女が探していた人物に近しい存在であると気づく。
「凛、失礼だぞ。それにぶつかったのはお前がよそ見してたんだろ、ほらしっかり謝れ」
少女の元に駆け寄ってきた、太陽の光に映える純然たる黒髪と透き通った黒い瞳を持つ少年は凛の頭を下げさせ、同時に自分も深々と頭を下げる。
「・・・いや、構わないよ濡れてもいないしね」
そんな黒歴史ならぬ、白歴史を目撃した筵は少しだけ動揺して、言葉を詰まらせるが直ぐに立て直す。
「本当にごめんなさい」
黒髪の少年は再度、筵に向かい頭を下げると、次に周りを見渡して、遊園地の係員を見つけると、その人の元に行き、飲み物を溢してしまったことについて、謝罪する。
我ながら恐ろしいと思うほどの人当たりの良さを見せる黒髪の少年は溢れた飲み物の後処理をあらかた手伝い、もう1度、係員と筵にお辞儀をし、少しだけ落ち込んでいた凛を慰めながら、共にその場を離れた。
「なるほど、眩しすぎて直視でいないどころか、失明してしまうレベルだね、あれは」
筵は独り言でそう呟くと、周囲の者達の黒髪の少年に対する賛辞を聞き流しつつ、尾行を開始した。
それからも黒髪の少年は、風船が木に引っかかり泣いている子がいれば、登って取ってやり、落し物があればセンターに届け、迷子の子がいれば一緒に親を探してやりと、今の筵が1月ほど掛けて行う善行を数分の内にこなしているような印象であった。
そして、少年の隣にいる少女は、その様子をどこか誇らしそうに、憧れの目を向けつつ眺めていた。
だが、刻々とその時は近づいていた。
そんな風に善行を積みながらも、遊園地を満喫していた若い2人の様子を観察していた筵は、少年たちが子供向けのお化け屋敷から出て来た姿を見て、ふと記憶が鮮明に蘇る。
そして、事件が起きるタイミングはここだと確信した。
「な?大丈夫だっただろ?」
「・・・うん]
黒髪の少年は屈託の無い笑顔を少女に向け、少女も少しだけ涙目ながらも笑顔でそれに答える。
それから、少女は少しだけ考えて口を開く。
「さっきは、ありがとうね。・・・ジュース溢しちゃった時」
「そんなん、気にすんなよ。僕がしたいからしただけだから」
「・・・うん・・・はあ、転校か、やだなー」
「・・・そうだな」
少女の放った転校という言葉で2人の雰囲気は少しだけ重たくなる。
それから少女は何か言おうとして、躊躇するという行動を数回繰り返し、遂に、意を決し顔を赤らめながら口を開く。
「ねえ?筵。もしも離れた場所に居ても、どんなに時が経っても、私の事を守ってくれる?今日みたいに私がピンチになったら守る為に駆けつけてくれる?」
「・・・ああ、もちろん。この命を掛けて」
「約束?」
「ああ、約束だ」
お互いに見つめ合い言葉交わした少年少女は、その後直ぐに照れくさくなって、目をそらし笑う。
「あ、ご、ごめん。私、お化け屋敷の中に落し物したかも」
「本当?じゃあ探しに行こう」
「い、いいから筵はその辺で待ってて」
忘れ物を取りに行くついでに少し1人になりたいという思惑を持っていた少女は、半泣きにさせられたお化け屋敷に1人で入るという選択をして、少年を無理やり押し、ベンチに座らせると、そこから少し離れたお化け屋敷まで走っていき、受付の人と少し話すと中へと入っていった。
「ああ、勿論、約束は覚えているよ。だけどごめん。その約束はとっくの昔に破られていたんだ」
少し離れた場所から様子を眺めていた筵は今ここには居ない少女に向けて、そう呟くと、同じくらいのタイミングでハーベストの襲来を告げるサイレンが鳴り響いた。




