人の噂と平常授業 5
その後、左手の薬指に3つの指輪を付けた謎の占い師については、一度飲み込み、保留とした筵と笑は、憶測等のない、真実のみを書いた新聞を作成し、校内の掲示板に掲載した。
すると、その効果なのか、はたまた、ペンダントが笑の手から離れたことが原因なのか分からないが学園中に蔓延していた良い悪い綯い交ぜの噂は、静かに、そして、急速に沈静して行った。
そして、それから数日後。
筵は、それらの事情や、事件の真相について、協力者である宇宙主義に話しながら、共に学園の廊下を歩いていた。
「成程、蛭間さんがそのような事を・・・」
「ああ。まあ僕がポリたんに友人候補として蛭間さんを推薦したからね、念のためにポリたんにも伝えた方がいいかなと思ったんだ」
「・・・筵はどうした方がいいと思いますか・・・?」
「うん?」
宇宙主義の問に筵はすっとぼけた様な表情で首を傾げ、その質問にはまったく答える素振りを見せない。
だが、それでいて、いつまでも答えが出るまで待つと言わんばかりに優しい笑みを浮かべていた。
宇宙主義も筵から答えを引き出すことは出来ないと悟り、十数秒程考えたが、しかし、それでも答えを出せず、ふと逃げるように2階の廊下の窓から外を眺める。
そこで、宇宙主義の目に、飛び込んで来たのは人通りの少ない校舎裏のような場所で先日同様に上位クラスの人々に絡まれている笑の姿だった。
そして、その様子を目の当たりにした宇宙主義の極めて精巧な、本物よりも本物に近い、純正に繊細にそして、純粋に作られた機械仕掛けの心は、僅かなラグを生じ、ざわついた。
「あれは蛭間さんだね・・・。それでもって、周りにいる彼女と仲良さげに話しているのは、この前絡まれたっていう人たちかな?・・・いやー、何処にでもある青春の1ページって感じでいいね〜」
仲良さげな様子など微塵も無いその現場を眺めた筵は、宇宙主義を横目に見ながら、少しだけ挑発するような口調で言う。
「まあ、灰色の青春を送る僕達には関係ないことかな~」
「・・・我々は思うのです」
それから数秒間黙った後、ぼそっと呟いた宇宙主義は、続けて言葉を探りながらゆっくりと言葉を選んでいき、それを声にしていく。
「周りに迷惑を掛けてでも、己の野心や、欲望に忠実な者の方がより人間らしくて良いと。そして、我々はそう言う人間を観察すべきだと・・・そう思うのです・・・いえ、それも違いますね。・・・まだ、心という物はよく分かりませんが、我々はきっとそういう人間が好きなのだと思います」
宇宙主義は答えを決めた、凛とした晴れやかな表情で言い、その言葉を頷きながら聞いていた筵は何か返事を返そうと口を開く。
がその時、その場に突然強風が吹き荒れ、その風により筵の言葉はかき消された。
それは、窓を全開に開け放たれた事により、吹き込んできた風であり、先程まで筵の隣にいた宇宙主義は窓枠の下の部分に両足をついてしゃがみ、横の部分を持ってバランスを取り、今にも飛び下りそうな体勢であった。
そして、機械の少女は最後に機械らしくない自然な笑顔を向けると、筵の返答や表情を伺うことなく飛び降りていった。
「また、下らねーこと書きやがって!これのせいで学園内がどれだけパニックになったか分かってんのか?」
「だ、だから、それは、この前ので訂正したじゃないっすか。それにこういう新聞や噂なんかが玉石混交なのは世の常だと思うっすが」
笑はリーダー格の男の恫喝や、周りにいる男女入り交じった者達の視線に萎縮しながらも言い返す。
しかし、そんな反論など正義を振りかざしたいだけの者達の耳に届くはずも無い。
「はあ?じゃあ何か?騙される方が悪いってのか?」
「そ、それは・・・」
「そう、騙される方が悪いに決まっているでは無いですか?」
そんな笑に不利な空気を引き裂くように、冷然とした落ち着いたような声が笑の代わりに質問に答え、そこに居た全員が声の主の方に目を向ける。
皆の視線の先には、2階から飛び降りてきた宇宙主義が居て、まるで重力が半分になっているかのようにふわりと物音立てずに着地する。
「弱肉強食は自然界の最も基本的なルールです。貴方たち人間は何時から、それを否定できるほどに高尚な生物になった気でいるのですか?」
宇宙主義は久しぶりに魔王型の威厳ある様子で上位クラスの者達に問いかける。
「はあ?何だいきなり?誰だてめえは?」
「我々はコスモ・・・ではなく美宇宙シュギ・・・でしたね。我々はそこにいる蛭間さんの単なる友人です・・・さあ、蛭間さん教室に戻りましょう。次の授業が始まってしまいます」
宇宙主義はリーダー格の男の質問に軽く答えると上位クラスの生徒達をかき分けるようにして、笑のいる所まで行き、その少し震えている手を取る。
そして、そのまま、その場か立ち去ろうと歩き出す。
しかし。
「おい、ちょっと待てよ。まだ、こっちの話が終わってねーぞ。変な噂で学園を混乱させやがって、どう落とし前つけんだ?」
リーダー格の男が、宇宙主義たちの前に立ち塞がり、行く手を阻む。
「混乱させたからなんだと言うのですか?あなた達は、それを盾に蛭間さんを叩き正義のつもりなのでしょうか?・・・そのような下らない事で我々の崇高なる計画を邪魔しないで欲しいものです。そうなにせ、心というものの本質を知り、友人を作る・・・ではなく、友人を作り、それを研究資料として、心というものの本質に至る、という我々の掲げる目的の前ではこの世の全てを蔑ろにして然るべきなのですから・・・そして、もし、それを邪魔するのであれば・・・」
上位クラスを前にしても1歩も引かない宇宙主義はそれらの人々に向けて掌を向ける。
そして、そのまま数秒間が経ち、宇宙主義は何事も無かった様に手を下ろし、笑の手を再び、引きながら上位クラスの男女の横を通り過ぎて行く。
「おい?いったい何のつもりだ!」
「今、あなた達に呪いを掛けました。解除して欲しかったら、後日我々のクラスまで誠意を見せに来てください」
半身で振り返った宇宙主義はそこにいた者達に不敵に笑いかける。
すると、宇宙主義の度重なる挑発などで遂に怒りを抑えられなくなったリーダー格の男は、歩き去る宇宙主義たちに向けて腕を構える。
すると男の手にエネルギーが集まって行き、サッカーボール程の大きさにまでなると、男はそれを宇宙主義に向けて放ち、その攻撃が直撃すると、衝撃で宇宙主義を隠すように煙が立ち込める。
「まったく後ろから不意討ちなんて卑劣ですね・・・」
「!?」
「しかし、3層構造のオーバープロテクト第1層のシールドに綻びの1つもつけられないとは、・・・いや、流石に手加減されたのでしょうか」
感想をブツブツと呟きながら、無傷の状態の宇宙主義が姿を表す。
続けて腕を銃を持っている様に構えると、構えた腕に近未来的な形の銃が転送されてくる。
そして、そのまま銃を相手と自分のちょうど中間ほどの地面に向けて、引き金を引く。
すると一瞬にして、地面が一辺3m程の立方体の形に抉れ姿を消す。
「これはアブダクト。・・・ああ、皆さん、頭上に気をつけてください」
目の前で起こったことに唖然としていた者達に対し、上空を指差し注意を促すと、皆が一斉に空を見上げる。
そこには、高速で飛来する立方体の何かがあり、皆、慌ててその落下位置から避難する。
グチャっという音とともに地面に衝突したそれは少しだけ形が崩れていたが、その物体の正体が抉られた地面であると想像出来ていないものはその場にいなかった。
「では、我々はこれで失礼します」
別れの言葉を告げ、先程と同様にその場を後にしようとする宇宙主義と笑に対して、そこにいる誰もが、再び呼び止める様なことはせず、ただ大人しく見送ることしか出来なかった。
「ありがとうございますっす。美宇宙さん」
「いえ、お気になさらず」
その後、少しの沈黙を開けて、宇宙主義が再び口を開く。
「・・・あの、さっきのは・・・」
「はい、分かってるっすよ。さっきのに関しては興味はあるっすが、追求はしませんし、ネタにもしません。・・・ああ、でも、ちょっと、ちょっかい出された位で新聞は止めないっす。ジャーナリストは憎まれてなんぼですからね」
親指を立てて宇宙主義に向ける笑。
そんな笑を見た宇宙主義は、絡まれても懲りずに新聞に執着する笑と、そして笑を執着させる新聞というものに再び、深く興味を持つ。
「あ、あの蛭間さん・・・」
「ああ、笑でいいっすよ。私もこれからは美宇宙さんのことポリたんと呼ばせてもらうっす。本田さんたちはみんなそう呼んでるっすからね」
「で、では、え、笑さん。良ければでいいのですが、我々にも、そ、その新聞を手伝わせて貰えないでしょうか?」
「もちろんオッケーっすよ。大歓迎っす」
宇宙主義の提案を聞いた笑は嬉しさのあまり、宇宙主義の手を無理矢理に握り、ブンブンと勢いよく振り回す。
その行為を宇宙主義は照れくさそうに、少し顔を赤らめながらも、満更でもない様子で受け入れる。
そして、そこで次の授業の始まりを告げる鐘がなり、2人とも遅刻確定の中、再びゆっくりと歩き出す。
「一つだけ質問なんすが、さっき言ってた”呪い”ってなんすか?」
「ああ、アレですか。我々がさっきかけた呪いはアダルトサイトから架空で無い請求が数10万単位で来るって言う奴です」
「えっ!?なんすかそれ?ポリたん、魔王みたいな事するっすね!?」
「ええ、だって我々は、これでも魔王型ですから」
苦笑を浮かべる笑に対して、宇宙主義は小声でそう言い、宇宙主義の言葉を聞き取ることが出来なかった笑からの問をはぐらかしながら、楽しげに教室へと戻って行った。




