人の噂と平常授業 4
「はあ、なんでバレてしまったんすかねー」
数秒間の沈黙の末、笑は遂に白状し、ため息をもらすと首を傾げながら小悪魔的に笑う。
そして、筵が動機を問い詰めるより先に饒舌に語り始める。
「本田さん、知ってるっすか?土用の丑の日に鰻を食べるという習慣を考案したのは、エレキテルの改修で有名な平賀源内なんすよ?」
「へー、そうなんだ。それは、知らなかったなー。・・・それでつまりは何が言いたいのかな?」
筵は、急に関係の無い話をし始める笑に乗っかりながら質問を返す。
しかし、笑は構わずにその話を続ける。
「私は、それこそが彼の最高の発明であると思っているっす。この発明の感心すべきところは、習慣という不確かなものを云われや伝統ではなく、100%ビジネス目的の結果を得る為に作ったということっす。彼は夏に、旬でも無い鰻を多く売りたいという結果の為に、体力が無くなる夏、特に土用の丑の日にはスタミナの付く鰻を食べるといい、というこじつけを行い、見事それを定着させ、習慣化したっす。すごいっすよね、私もかく在りたいものっす」
それから、笑は得意気にニヤリと笑い更に話を続ける。
「まあ、つまり何が言いたいのかと言うと、ムーブメントとは己の手で作り出すものであるというこのなんす。私も私の書いた新聞を皆に見てもらいたい、たくさんの読者を獲得したい、という結果の為に、新聞に載せた人たちの、良い噂と悪い噂をいい配分で学園中にばら撒き、皆の興味を、噂の真偽について追求している私の新聞に集め、それを繰り返す事で私の新聞を中心にムーブメントを作り上げたっす。・・・いやー、皆には悪いですが、学園中が私の作った流れに巻き込まれていく様は、見ていて、とても気持ちよかったっすよ・・・でも、それもここまでっすね・・・本田さん・・・」
徐々に声のトーンを落としていく笑に対して、筵はこの後、彼女がどのような行動をとっても対応出来るように心の中で準備を整える。
そして、次の瞬間。
「色々、すみませんでした!」
笑は身体を直角に曲げ、謝罪をする。
そして、その直角の体勢を十数秒間維持していた笑は、タイミングを見計らって、ゆっくりと身体を起こす。
「・・・それで、大変恐縮なんすが、さっき、言ってた火消しに手伝って貰えないでしょうか?」
「?」
ここで、筵の頭に疑問が生じる。
それは、笑と筵の言葉が微妙に噛み合っていないことが原因あった。
そして、笑の表情や声色から考えて、開き直っているという印象も受けず、さらに嘘をついてもいない様子ではあった。
「手伝うのはいいけど、まずはどうやって、他の生徒を操って教室を荒らさせたか教えてくれないかな?」
「えっ?だからさっき言ったっすけど、私の流した悪い噂を間に受けてしまった人がそれを信じて正義の鉄槌みたいな感じでやったんじゃないんですか?」
筵の問に対する、笑の答えはやはり噛み合わなかった。
「じゃあ、蛭間さんは生徒を操って教室を荒らさせる気なんて無かったってことかい?」
「もちろんすよ。と言うかそんなことを意図的に行うのなんて、不可能じゃないっすか?」
ケロッとした顔で首を傾ける笑の表情からは、やはり嘘をついている雰囲気は見られない。
少し考えた後に、筵は”少し待っていて”と声をかけケータイを取り出し、フランへと電話をかける。
「ちょっと、ちょっとフランくん?何だか様子がおかしいんだけど?」
「と言われましてもねぇ?反応はそこの少女から、ちゃんと出ていますよぉ?彼女の能力が洗脳系ではないのなら、聖剣やら秘宝やらを隠し持っているはずです。さっさと服を剥いて調べちゃってください」
「フランくん。いくら死なない僕でも、社会的に死んだら復活までかなりの時間を要することになってしまうよ?僕はその点、経験者だから詳しいんだよ?」
「はあ、私から見れば、もはや貴方は社会的にも不死身ですがねぇ。とにかく何か隠し持っている筈ですから調べてください」
フランはそう言うと、電話を一方的に切断する。
「と言うことで何か心当たりはないかい?」
「うーん、私は聖剣や秘宝を使えるほどの能力者では無いっすからね〜。最近手に入れた特殊なものと言ったら・・・」
ポケットから、以前、おまじないが掛かっていると話していたペンダントを取り出す笑。
「ちょっといいかな?」
「はい、どうぞっす」
筵はペンダントを受け取ると、それを観察する。
形は十字架の様な、マイクスタンドの様な、あるいは羽の生えた何かの様なデザインで、見た目ほど重くはなかった。
そして、筵はペンダントを持ちながら自身のケータイを確認すると、赤い点滅の位置が移動してケータイの位置を示す矢印とほぼ同じ所に存在していた。
「蛭間さん、これは何処で手に入れたのかな?」
「それっすか?自宅の近くの道で、占い師の人に貰ったっす。確か、デフォルメされた髑髏の仮面とローブを身に付けた人でした。声はボイスチェンジャーで変えられていましたが、背が高かったので恐らく男性でしょうか?怪しい見た目に反して、愉快な人と言う印象で、丁度、本田さんみたいな喋り方だった記憶がしありますっすね」
「へぇ、僕みたいなか、よくそんな怪しい人から、もらったものを大事にしていたね」
「いやいや、その人、本物だったんすよ。私の事も全て見てきたみたいに、お見通しで・・・喋っていても悪い人っていう印象は受けなかったんすが・・・」
「なるほどね。・・・その他には、何か大きな特徴とかは無かったかな?」
「うーん・・・確か、何かあったような気がするんすけど・・・」
腕組をした笑は、忘れてしまっている情報を捻り出そうと試行錯誤し、仮面の人物とあった時の事を順に思い出していると、丁度、ペンダントを受け取るところで何かに気づく。
「あ、そうだ。指輪、指輪す。左手の薬指に指輪を3つも付けていました」
笑は手を打ち鳴らし、胸のつっかえが取れたように晴れやかな顔でそう言い、それを聞いた筵には対照的に、極小の嫌な予感を孕んだ、恐ろしい程に大きな杭が打ち込まれた。




