スキャンダルと平常授業 9
「む、筵、あなた本当にどうしちゃったの?昔のあなたはそんなんじゃなかったでしょ?あなたは何時も弱い者の味方で、誰にでも手を差し伸べる、そういう人だったはずよ?」
凛は筵が自分の知っていた頃の性格ではなくなってしまっている事を悟りながらも、認めたくないという気持ちからか、必死に訴えかける。
しかし、筵はそんな凛の言葉をしっかりと聞いた上で、優しく微笑み、彼女の欲しくない言葉を口にし始める。
「・・・変わらない人間なんてこの世界にいないんじゃないかな?」
「えっ?」
「もしも変わらない人間がいるなら、それは信念を突き通せるほどの能力を持った強者か、惰性で停滞を選んだ者だけだよ。その他の僕を含む特別でない人々は自分に出来ること、出来ない事を考えて、本当に大切なものを吟味し、選別して行かなくてはならないんだ、何せこの両手の届く範囲は恐ろしく狭いからね。だから誰彼構わずに手を伸ばしてなんていられない」
筵の死なない能力は強い能力ではあるが、多く人を守れる類の能力ではなかった。
そして、筵の今の生き方はそんな能力と向き合い、精査した結果でもあった。
「そして、どんなに耳障りのいいエゴを重ねたとしても、全ての物事にはやはり優先順位というものがある。もし、大切な人と他人の命どちらか一つしか救えないとしたら君はどちらを救うかな?・・・ああ、君たちは本来ならどちらも救えてしまうんだろうけど、今回は”どっちも”という答えは無しで頼むよ。たまには弱者の気持ちになって考えてみてくれ」
「・・・」
筵の問いに、凛を含めた学園のトップの面々が言葉を失う。
そんな状況が十数秒続き、答えが出なそうな雰囲気を察した筵は質問を少し変える。
「うーん、少し難しかったか・・・では少し質問を変えて、大切な人を選んだ場合、他人は確実に死ぬが、他人を選んだ場合には、大切な人は約半分の確率で生き残れると言うことにしようか?この条件だとしたらどうかな?君は、その半分の確率に掛けて他人を救うことが出来るかい?」
「・・・」
「僕には出来ない。例え他人の数が100になっても1億になっても、それこそ73億だとしても。・・・だから結局の所、人の価値は等しくなんてないのだと思う。世界や学園にとって、能力者の価値が等価でないように。僕にとっても同じさ、僕は世界により低く見積もられたあのクラスの子達を愛している。そしてそれを守る為なら、その他の物がどうなろうと一向に構わないんだ」
そう言い筵は何時もの半笑いを再び凛に向け、喋りの口調を軽い感じに変化させる。
「でも君は運がいいよ。僕はこんなになってしまったけど、君の後ろのその日室くんは、まさに君の言った、誰にでも手を差し伸べる弱い者の味方のような男だからね。いや本当にラッキーだったね」
筵は半笑いを崩さずに凛の奥に立っている刀牙にも目を向ける。
「では、そろそろ失礼させてもらうかな。色々騒がせて悪かったね」
さらに数秒間の沈黙の後、筵は譜緒流手の肩に軽く触れ、合図を出すと共に振り返り、模擬戦のフィールドを下りていく。
「・・・待って」
歩き去る筵に対して、凛は力無く言い呼び止める。
筵が再び振り返ると、全てを諦めたように力無く微笑んでいる、精気が抜けてしまった人形の様な表情の凛の姿があった。
「どんなになっても筵は筵だもの、ねぇ、”約束”、覚えてる?・・・私は今でもあなたの事が・・・」
筵はその様子をまじまじと観察し、凛の置かれている様々な背景を窺い知ると、不思議そうに首を傾げた。
「記憶力はいい方だから、”約束”はしっかりと覚えているよ?ただ、そんなもの利用しなくても昔のよしみなんだから、手助け位はして上げるよ?・・・まあ、君の望む方法になるかは分からないんだけどね」
筵は、まるで凛の心と諸々の結末を見透かしたように言い、譜緒流手と共に返事を聞くこと無く模擬戦場をあとにした。
「おい、さっきのどういうつもりだよ?やっぱりZクラスって刻んだ方がいいか?」
「誤解だよ。あれは保険で言っただけさ。僕は何もしなくても、きっと収まる所に収まると思うよ」
「ふーん・・・」
筵の言い訳に半分納得した譜緒流手は横を歩く筵を見上げ、そして腕を軽く持つと、もたれ掛かる様に筵の方へと体重を掛け、密着する。
「ん、どうしたんだい?譜緒流手ちゃん」
「・・・疲れたから休憩」
「そうかい、お疲れ様」
そのまま2人は人通りの多い場所までゆっくりとその態勢のまま歩いた。




