天使戦でも平常授業 5
天使襲撃から、3日たった朝。
Zクラスの生徒は文化祭の振替休日で、通常通りに2日間休んだ後、登校していた。
その間もほかのクラスの生徒達は、登校していたらしく臨戦態勢が続いている。
そしてその日、Zクラスには3日前とは別の客が訪れていた。
「鈍空淵はいるか?」
Zクラスを訪ねてきたのは、3人程の男達で、その中のリーダーのような男が高圧的かつ堂々とした態度で叫んだ。
彼は海堂順三、3年Aクラスで学友騎士団に所属しているガッチリとした体を持った男である。
淵はそれに驚いて梨理の影に隠れる。それを見た筵は一歩前に出た。
「何か用ですか先輩?あまりうちの生徒を怖がらせないであげて欲しいですね。タダでさえ怖い顔なんですから」
少し悪口のような言い方をした筵を、気にも止めていない様子の海堂。
「俺達は鈍空淵を連れてこいという、命令を受けている」
そういうと海堂は無理やりに淵の手を取ろうとする。
「おっと、僕の目が腐っている内は、生徒に乱暴なことはさせませんよ。それに、理由も聞かないで引き渡すこともできません」
筵は海堂の手首を掴み、あまり怖くない睨みをきかせた。
「お前らが知る必要は無い」
海堂と筵が睨み会いっていると、海堂と一緒にZクラスを訪れた男達の中の1人がしゃべり出した。
「海堂先輩、説明した方が話が早いと思われますが」
その男、破魔野斬人は眼鏡を指でかけ直しながら提案する。
「そんな時間はないぞ、斬人よ」
「いえ、あまり無理矢理に連れていった場合、その男が何をしでかすか、分かりません」
斬人は筵を名指しして言った。
「僕のことをよく分かっているじゃないか、えーと、破魔野くんだったっけ?」
「君に気安く呼ばれる筋合いはないですね」
筵と斬人はアイコンタクトを交わしあう。
海堂は少し考えた後、後輩の斬人の意見を受け入れ、淵を連れていこうとした理由について語り出した。
「三日前に閉会式場に現れた天使型のハーベストには、我々と同じような能力が備わっていることが、分析の結果分かったのだ。故に鈍空淵の能力で天使型のハーベストの能力を無効にすることが出来れば、対天使型ハーベスト用の切り札になる。そうなり得るなら、彼女は作戦の要として手厚く守られるはずだ」
それを聞いた淵はとても驚いているような顔をしていた。
海堂は再び淵の手を取ろうとしたが、筵も再び海堂の手をつかみ止めた。
「少し考えさせてあげたいんで、10分程、廊下に出ていてもらえませんか?」
「そんな時間も拒否権もお前らにはない」
「では、5分間で、別れの挨拶ってことならいいですか?もしかしたら、淵ちゃんはZクラスでは無くなってしまうかもしれないのでしょう?」
お互いに引く様子のない二人の様子に斬人が口を挟む。
「まあ、海堂先輩、5分くらいならいいじゃないですか。戦ったことのないものが死地へ行くのですから」
斬人の言葉に海道は、しぶしぶ納得して教室に出ていった。
「さあ、相談だ。まずは淵ちゃん。君がどうしたいのか聞こうか?」
「わたしは・・・・・・・・・・・」
筵の質問に淵は、下を向いたまま黙り込んでしまった。
筵はその様子を見て自分の意見を述べ始める。
「僕は、はっきり言って悪い話しではないと思うんだ。それで、みんなの意見も聞きたい」
筵の少し予想外の言葉に一同は驚いた様子をみせたが、しばらく黙って、それぞれ自分の意見をまとめて発言する。
「あたしは反対だ。確かに淵の能力で、その天使型ハーベストって奴らの能力は抑えられるかもしれねーけど、100%安全とは言えないだろ」
梨理は筵に対して反論の意見を述べた。
「私は・・・・いい話だと思う。もちろん淵ちゃんの意志が一番大切だけど。それでもほかのクラスの奴らに淵ちゃんの価値を知らしめるチャンスだよ?」
れん子は、淵がまだ、ほかのクラスの人に劣等感を抱いていることを知っていたため、背中を押そうとしていた。
「オレは反対だよ。もし能力を封じても、拳銃みたいな攻撃手段があったらどうする?」
筒崎譜緒流手は淵の身を心配した様子で反対した。
「そもそも、学友騎士団が淵をきちんと守ってくれるかも怪しいところですね」
カトリーナが先ほど海堂が言ったことについて不安を口にする。
「ぼ、ぼくは、反対とか賛成とかは分からないですけど、もしぼくたちに遠慮してるなら、そんなのは気にしなくていいからね」
湖畔も賛成反対意見では無いものの、自分の意見を主張した。
「全員の意見が出たけど、これはあくまでも他人の意見だよ。最後に決めるのは君自身だ」
筵は淵に決断をゆだねたが、淵はまだ黙ったままでいる。それを受けて、筵は再び話を続ける。
「淵ちゃん、よく聞いて、僕達は君がどんな答えを出しても、君のことを嫌いになったりしないよ?一番嫌なのは、そんな下らない事のせいで、君が選びたくない方を選んでしまうことだけだよ」
筵の言葉に淵以外の全員が頷く。
淵は数秒目をつむり考えたのち、決断を下した。
「そうですね・・・・・・・・・わたし、やってみます」
淵は目に少し潤む程度に涙を浮かべていたが、表情は凛としていて強い意思が感じられた。
「それでは、くれぐれも警護の方はお願いしますよ」
筵は海堂を睨みながら念を押す。
「作戦の要を守るのは、戦いの基本だ」
海堂はそれに当たり前のように答える。
他のZクラスの生徒は、初めて戦いに参加するかもしれない淵に対して、まるで、田舎から東京の高校に行く人を見送る時のような言葉を送っている。
「では、行くぞ、鈍空淵」
海堂の言葉で淵は教室を退出しようとする。
「ちょっと待って、淵ちゃん」
筵は淵の肩を掴んで呼び止めた。そして"ある秘密"を耳打ちをした。
淵は驚きと疑いの篭った顔で筵を見た。しかし、筵はそれ以上は何も口にはしなかった。