表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/256

転校生と・・・ 3

 理事長との交渉を終え、教室に戻った筵を待っていたのは、(ふち)による質問責めと筵から一定の距離を保った状態で近づいてこようとしない譜緒流手(フォルテ)の野良猫ような視線であった。


 筵は淵による質問と譜緒流手の無言の圧力を何とか受けきり、淵からは赤点ギリギリの許しを得ると、少しだけ疲れた様子で、Zクラスのメンバーが既に居ない教室を退出し、1人帰路に付こうとしていた。


 「ちょっといいかしら」


 開けっ放しになっていたZクラスのドアの外から少女の声が響き、筵は不意にそちらを見た。


 「おや、君が僕のところに来るなんてどういう風の吹き回しかな?藤居さん?」


 「私がどういう要件で来たかぐらいわかってるんでしょ?」


 筵の問を聞いた藤居かぐやはゆっくりとZクラスに入室し、普段よりも1オクターブほど低い声で答える。


 「うーん?なんだろう?転校生と日室君が仲良くなるのを妨害してほしいってことかな?」


 「・・・はあ、(りん)が帰ってきたけどあんたどうするつもりなの?」


 かぐやは筵の皮肉を無視し問いかける。


 「ああ、それね。・・・さっきまで、クラス内が証人喚問状態で大変だったよ。淵ちゃんは追求の手を緩めてくれないし、譜緒流手(フォルテ)ちゃんは全く口を聞いてくれなくなるし、まったく、()しもの僕も”何でそんな怒っているんだい?”と(とぼ)けたくなるレベルだったよ」


 「まあ、譜緒流手(フォルテ)と会うよりも前の話しだからそうなるでしょうね。彼女、ああ見えて嫉妬深いから・・・でどうなの?」


 ははは、と上辺だけで笑う筵は、その前置きにはあまり興味が無いという様子で淡々と返してくるかぐやをチラと見ると話を戻す。


 「うーん、どうもしないかな、全ては彼女しだいって感じさ」


 堂々と淡々と悪びれる様子もなく筵は言った。


 「はあ?凛はあんたと刀牙を間違えたのよ?私が隣に居たからかもしれないけど、それでもあんたはけじめを付けるべきじゃない?」


 「けじめって何かな?”僕はこんな風になったけど約束通り一緒になろう”みたいなことを言って無理矢理に押し倒して、それでもって日室君に殴られればいいのかな?だったら簡単だね。・・・ああ、でも段取りはちゃんとやってくれよ。僕は実際に女の子を押し倒す甲斐性なんて・・・」


 「違うわよ!」


 かぐやはどこまでもいつも通りな筵に対して、少し声を荒げながら割って入る。


 「・・・何で、凛があんたと刀牙を間違えたのか本当の理由くらい分かるでしょ?」


 彼女が今、言おうとしている事は彼女自身が認めたくない事実を自分に突きつけるものだった。しかし、それでも喋り続けなくてはならなかった。自分のために友のために。


 「あんた昔みたいに戻る気は無いの?あんたがそんな風になったのは能力が原因でしょ。だったらこの前のアレがあれば充分戦えるじゃない」


 そんなかぐやの問にも筵は何時もの半笑いを崩さず、軽く首を傾げる。


 「それは少し違うかな。そして買い被りすぎというものだよ。その年齢の子供だったら誰しもが今の日室君の様なスーパーヒーローに憧れるもので僕もその例外ではなかったと言うだけの話さ。そしてこの能力も僕がこうなった沢山のきっかけの1つ過ぎない」


 そう言うとゆっくりと息を吸い込み、少し貯めたあと、口を開く。



 「裏切られたとか、大切な人を無くしたとか、僕がこうなった明確な経緯なんて無いんだ。ただ、色々な事が合わさってある時、ふと気づいただけだよ・・・他人なんて自分や大切な人の命を危険に晒し、楽しく笑って過ごす時間を削ってまで守る価値なんて無いということにね」


 

 堂々とした態度の筵に思わず、一歩引いてしまうかぐや。


 しかし、言葉をつまらせながらも何とか声を捻り出す。


 「そ、それは逃げただけでしょ、沢山の物を自分では守りきれないと思ったから自分の周りだけ執拗に保護しているだけ、あんたは諦めて仕方なくその生き方を選んだのよ。でも今のあんたなら・・・」


 かぐやの声は普段、筵とは話す時の低い声ではなく、素の声に戻っていた。 


 しかし、その言葉は筵の琴線には響く事は無く、ゆっくりと歩き出してかぐやに近づく。

 

 「はあ、諦めたんじゃなくて成長したと言ってほしいな〜。・・・子供の頃、宇宙飛行士になりたかった子が成長し、野球を始めメジャーリーグを夢見るようになって、しかし歳を重ねるごとに才能というものを知り、それを諦め、気の合う友達とバンドを組んで、東京でビックになりたいと適当な頭で考えるようになって、けれども数年後には、その夢もやぶれ、悟ったように地方公務員を目指して行く様に当たり前に大人になってしまったんだよ。もう子供に戻る事は出来ないし、戻りたいとも思わない。確かに悲しい事だけど生きて行くこととは可能性を捨てていくことだからね。生まれた時は誰もが、日室刀牙になり得たかもしれないし、誰もが千宮寺新羅(しんら)だったかもしれない。しかし、選択を重ねて、可能性を捨てて、今の自分へと収縮してきた」


 喋りながらかぐやの隣を通り過ぎていく筵は廊下へと出る。


 かぐやはそんな筵を目では追うが絶句してしまっている。


 「今の自分の生き方は嫌いじゃないし、その選択に後悔はないけれど、あり得たかもしれない、もしもの自分を考えると僕でもやっぱり切ない気持ちになる。だから僕は日室君の事が嫌いにはなれないのかもしれないね。なにせ彼は子供の心を忘れた・・・いや、置いてきた僕達の期待の星だからね。僕らのこんなくだらない思いも、彼が背負う沢山のものの中にこっそりと忍ばせているからこそ、彼にはスーパーヒーローを頑張って欲しいのさ」


 そう言うと筵は最後には振り返りながら、悲しげな様子など微塵も感じさせない、いつも通りのポーカーフェイスで笑って見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ