天使戦でも平常授業 4
「ただいま」
筵は自宅のドアを開けて、ザ・一軒家と言った感じの家に入って行った。
「あら、おかえりなさい。遅かったわね」
すると、優しく落ち着いたような声と糸目を持った、黒髪ストレートの女性が偶然、玄関の廊下を歩いていて、帰ってきた筵を見るなり声をかける。
エプロン姿で高校生ほどにも見える、その人こそ、本田筵の母親にして世界最強の能力者、本田栖であり、栖はエプロン姿からでも分かるくらいにお腹が膨らんでいて、妊娠6ヶ月の状態であった。
「文化祭の最終日だったからね、クラスの子たちと打ち上げをしていたんだよ」
「そう、それは楽しそうね」
栖は透き通った声で囁き、そして話を続ける。
「それと、学園で新型のハーベストが出た様だけど、ちゃんと守るべき人は守れたんでしょうね?」
すべてお見通しと言わんばかりに栖は糸目を少し開き、筵と楼に遺伝したと思われる腐りきった目を向けた。
「ああ、Zクラスの子達はみんな無事だよ。あとはかぐやも」
「そう、それは良かった。さあ早く、入った入った」
栖は目を再び閉じ、入室を促した後、家事へと戻っていた。
廊下を通りリビングに入ると、ごつい身体のスーツを着た七三分けの男性と小学4年生ほどの八重歯が可愛らしい短髪の少女が、仲良くテレビを見ていた。
七三分けの男は筵の父親、本田根城で、少女の方は筵の二人目の妹、本田憩であった。
根城は筵や栖と違い、真っ直ぐな透き通った瞳の持ち主で、それは次女の憩にしっかりと遺伝している。
「よお、筵、おかえり」
「お兄ちゃん、おかえり」
根城と憩は帰宅してきた筵に向かって言った。筵も"ただいま"と返事を返す。
「文化祭はどうだった成功したか?」
「まあ、いい感じかな」
「ははははは、そうか、そうか」
根城は気さくに笑いながら頷く。
「父さん、今日は帰ってくるの早いね」
「いや〜、父さんは実は今日、お前の学校にいたんだぞ。武術大会の優勝トロフィーを渡す役だったんだ。それで、閉会式のハーベスト退治を少し手伝って、楼が無事であることを確認して帰ってきたんだよ」
根城は屈託のない笑顔で言った。
どうやら、あのまま筵が武術大会で優勝していたら、父親からトロフィーを貰うことになっていたようだ。
「私も、お父さんと一緒に行ってたよ。でも、あんまり強そうな人いなかったね。辛うじて、日室って人がまあまあだったかな」
憩も一緒に行っていたようで、無垢な笑顔を向けながら残酷なことを言ってのける。
根城は兵役を終えた後も、ハーベストと戦うことを生業としていて、それで生計を立てている。
能力はごく一般的な肉体強化だが、限界まで鍛え、栖には及ばないものの、日本でも10位に入る実力の持ち主になった。
一方、憩も若くして能力に目覚め、楼と同じく、栖の力を正当に受け継いでいて、相当な実力の持ち主である。
「ところで、楼ちゃんは、まだ帰ってきてないの?」
「お姉ちゃんなら、お風呂入ってるよ。ずっと待機させられてたらしくて怒ってたよ」
筵の質問に憩が答えた。すると、廊下を走る音が聞こえてくる。
「こら、楼、家が壊れるわよ」
遠くから聞こえる栖の言葉により、走る音は静かになった。そしてリビングのドアが開くと、兄命と書かれたTシャツとハーフパンツを履いて、体から湯気をたたせている楼の姿があった。
「お兄様、おかえりなさい。あのクソ天使共に何かされませんでしたか?」
楼は筵の体にボディタッチをしながら隅々まで確認した。
「楼ちゃん、怒ってたって聞いたけど?」
「そんなのお兄様に会って吹っ飛びました。で、怪我はないですか?」
楼は心配そうに聞いてくる。
そこに楼のあとを追って、栖がリビングに入ってくる。
「怪我があってもすぐ治せるでしょ?筵は」
「そんなの関係ありません。一度でも傷付けたという事実が問題なのです」
楼は相変わらずの兄命な発言をする。それを聞いた根城は楼に心配されようと疲れているような素振りで肩を数回の回して見せる。
「楼、父さんもハーベストと戦ってたんだぞ」
「興味ありません」
楼に心配されたかった根城だったが、楼に無視されてガックリと肩を落とした。
すると、リビングからキッチンに向かった栖が料理の最後の仕上げにとりかかり家族全員に向って声をかける。
「さあ、少し遅いですが、ご飯にしましょう。筵、貴方はどうする?」
「まあ、少しだけもらうよ」
筵は栖に答えると楼に手を引かれながら椅子に腰掛けた。
そこにはごくごく一般的で、円満な家族団欒の風景があり、世界でも最強クラスの能力者が集合しているとはとても思えなかった。