天地堕とし 後日談 1
事件より3日後。午後。
束の間の平和を取り戻した学園の中で、相変わらず隔離されたようにポツンと存在するZクラス。
作戦に協力する条件として提示し贈られた品々によって、少し様子の変わったその教室では、やはりと言うべきか、今日も今日とて平常授業が行われていた。
「なんかいいのかな?私たち火事場泥棒みたいじゃない?」
れん子がZクラスに新しく配備されたテレビや本棚を見て苦笑いで呟く。
「火事場泥棒は言い過ぎじゃない?あえて言うなら僕達がしたのは砂漠で喉が渇いている人に法外な値段で水を売りつける的な行為だよ」
「どちらにせよ、褒められたことじゃない!?」
れん子は授業中にも関わらず、少し大きめの声で突っ込みを入れる。
しかし授業中と言っても1年生と2年生が入り混じっているこのクラスでは殆どの授業が問題集をひたすら解くという形態をとっているため、そこまで迷惑にはならないが、この日ばかりは珍しく教壇にZクラスの担任教師が立っていた。
「おい、れん子、筵、私語は小さい声でしろ〜」
ペストマスクで篭った声の小柄な女性は筵達に注意を促す。
「でも蜂鳥先生がここに居るの珍しいですね。あんな事件があった後なのに」
「ああ、本来ならまだ授業なんて出来る状態ではなかったが、何分、仕事が減ったからな」
今でも信じられないと言うように過去を振り返り語る蜂鳥。
ハーベスト教団との戦闘は天地堕としの崩壊により、多勢に無勢で不利となった教団側が撤退するという形で一時決着がついていた。
しかし、ハーベスト教団との戦闘による被害は甚大で復旧までにはかなりの時間がかかると思われた。たが、翌日になるとまるで昨日の戦闘が夢か何かだったかのように学園は元の綺麗な風貌を取り戻していた。
それにより、Zクラスどころか他のクラスまでもが、現在、平常授業に勤しんでいた。
そんな全てが元通りになった学園とは裏腹に少し変化してしまった事もあった。
それは学園内のカーストのバランスであった。
1つ目の要因は学園の英雄である所の日室刀牙が教団のリーダーに敗北した事、そして2つ目は筵が天地堕としを崩壊させた事によるものだった。
2つ目はともかく、日室刀牙が一時的に劣勢になること自体は珍しい事でも無かった。だがそれが2つ目と合わさる事により、結果的に筵が刀牙を救ったという構図が出来上がってしまった。
もちろん、刀牙の主人公性から言って、あそこから新しい力かなにかに目覚めたかも知れない。しかし、学園の嫌われ者が英雄を救ってしまったという結果は事実として残り、他のクラスの者達は声に出さないものの、学園最強がZクラスに助けられるなんて情けないと言うような空気が生まれていた。
この空気は筵にとっても、刀牙にとっても、そして学園全体にとっても良くない、どこに対しても得の無いものであった。
「はあ、面倒くさい事だね」
筵はそんな状況に対してため息ををもらす。
「ごめんな、先生の授業面倒くさくて」
「いえいえ、蜂鳥先生の授業は分かりやすいし楽しいので好きですよ、ただ時々マスクで篭った声が聞き取りずらいな〜、と思う時もありますが」
「えっ、リアルなダメだし!?」
筵の言葉にしっかりめに落ち込む蜂鳥。
そして、空気を読んでか読まずか、そのタイミングで授業終了のチャイムが鳴る。
「まあまあ先生。どうです?これから一緒に打ち上げにでもいきません?」
「あ、ああ、嬉しいが流石にそこまでの時間も無いんだ、すまんな」
「そうですか。では先生、また明日」
筵はそう言うと帰りの準備をして、メンバーと共にゲームや昨日のテレビの話などの世間話で盛り上がりながらZクラスを後にした。
筵達が学園内を歩いて校門の方へと向かっていると、その間、廊下ですれ違う他のクラスの生徒達は筵達に注目する。
その視線は何時もの、鼻つまみ者を見る様な視線でも無く、かと言って英雄を仰ぎ見ている訳でもなく、皆、反応に困っているようであった。
そんな状況を何処吹く風で歩いていたZクラスの面々だったが、自分達の進行方向の先に流石に無視出来ない者達の姿を確認する。
「ああ、日室君じゃないか、こんにちわ。僕達は今から打ち上げに行こうと思うんだけど一緒にどうだい?」
筵は目の前に現れた日室刀牙とそのヒロイン達に何時もの半笑いを浮かべる。
「打ち上げですって、貴方、今がどういう状況か分かってるの?」
刀牙の横にいるスチュアートが筵に対して軽蔑の視線を向けながら言った。
「どういう状況?謎の力によって壊れた学園が元通りで、万万歳の打ち上げ日和じゃないかな?」
「くっ・・・で、でも、ハーベスト教団がまた攻めてくるかもしれないじゃない?」
「そのことなら、能力無効化現象も収まったし、教団も大胆な行動はして来ないと僕は予想するけどね?」
とにかく筵が気に食わない様子のスチュワートだったが、筵に質問を返され押し黙ってしまう。
「ま、まあ、からかうのはその辺にしてやれよ。さっさと行こうぜ」
その様子を筵の横で見ていた梨理はスチュワートの顔をチラリと見ると筵を説得する。
筵は梨理のそんな彼女らしからぬ様子を察し話を切り上げるが、しかし、スチュワートは梨理には目もくれずに筵を睨んでいる。
「□□□□」
少しの沈黙の中、日室刀牙が筵に話しかけた。
それは筵が天地堕としを崩壊させた事で命拾いしたという趣旨の感謝を伝える言葉だった。
「気にする事はないよ。それに僕は余計な事をした、とさえ思っているよ。きっとあのまま僕が余計な事をしなければ君は新しい力に覚醒して敵を倒していただろうからね」
筵は冗談を言っている様に本心を語ると、それを聞いた刀牙は小さく笑う。
「□□□□」
「君はどこまでもお人好しだね〜。まあその調子で他の生徒からの信頼も取り戻してくれると助かるよ。僕は僕で"汚名挽回"に務めるとするからさ・・・では僕達はこれで」
軽く手を挙げて別れの挨拶を済ませると、筵達は刀牙達の横を歩き去っていく。
「梨理ちゃんは会長さんとなにかあったのかい?」
「ああ、学園の防衛した時に共闘したんだ。まあ、向こうは憶えてないがな」
少し歩いたところで梨理は刀牙たちの方を振り返り、少し間を開けたあと再び喋り出す。
「鬼化を見た事を黙っていて欲しいって言ったら、断られちまったからカトリーナに頼んだ・・・。でも断った時の会長さんの表情を見たらどうにも嫌いになれなくなっちまったんだよ」
梨理は、スチュワートの個人の気持ちと生徒会長としての判断の間で板挟みされたあの表情を思い出し呟く。
「生徒会長と言う職もきっと大変なんだろうさ」
最後にはもう1度、スチュワートの後ろ姿を見た梨理は前を向き直す。
そして、お互いに真逆の方向へと歩いていった。




