天地堕とし、異変解決班 後編2
星宮蝶蝶は物心つくと、すでに孤児院で暮らしていた。彼女は父親の顔も母親の顔も見たことが無く、孤児院の院長からは両親ともすでに死んでいるとだけ伝えられていた。そう、彼女には何も無かった・・・筈であった。
しかし、蝶蝶にはそんな厳しい人生を生き抜くための万能の力があった。
胡蝶よ華よ。天涯孤独な彼女に与えられた過剰なまでに大き過ぎる力。
それは例えるなら、難易度がベリーハードなゲームを改造により手に入れたチート武器と防具で何の苦労も無く淡々とこなしてしまう様な、アンバランスなものだった。
そしてそんな退屈なゲームなど、すぐに飽きてしまうのは当たり前の事でもあった。
死から解放され、焦りや恐怖という感情は最初から無かった様に摩耗し、全てがうつつの夢の中の出来事のように思え、現実に生きているという実感は消えていた。
「いつか、天地堕としを完成させたあかつき、この命が無情に奪われるその瞬間、ワタシは今日の判断を後悔するのだろうか?そんな事を想像すら出来なくなるほどに、ワタシの心は麻痺してしまっている」
蝶蝶は小声で無表情に呟くと、どうでもいい話で蝶蝶を説得し続けている筵に対して声をかける。
「もう諦めない筵?」
「・・・そうだね。そろそろネタ切れで厳しくなってきたよ」
あれからあの手この手で蝶蝶の説得を試みる筵だったが数十分ほどたち段々と表情に焦りが増していた。
そして、その様子を見た蝶蝶は筵に対して首を傾げ、笑いかける。
「そうそう諦めてもいいんじゃない?・・・・・・どう?このまま新しくなる世界でワタシと一緒に暮らしません?どこか遠くの自然の多い異国の土地で、ハーベストの侵略の手に恐怖しながら、それでも生かされるのでは無く、自分の意思で生きていく。筵にとっても悪くない選択の筈だよ。今ある柵など全て捨ててしまえばいい」
「はあ・・・それはとても楽しそうだけど、でもそれに答えることは出来ないんだ」
筵は蝶蝶の誘いを断ると、少し間を開け、深くため息をついた後、再び口を開く。
「あと、先に一つだけ君に謝っておくよ。今から僕は君に酷い事をする。だから、もう1度忠告するけど、諦めてはくれないんだよね?」
「・・・」
先程までとは違いどこか真剣な表情の筵に蝶蝶は思わず無言になり身構えるが、しかし、筵のとる行動は変わらず、言葉による説得だった。
だが今回のそれは今までとは違い、口論による論破を目的とするものであった。
「さっき、君は散々夢を語っていたけど、残念ながら君にそんな未来は訪れないよ。何故なら能力を失った先、君に残されるのはハーベストへの対抗手段を奪った人類最大の戦犯の汚名と非難の怒号だけだから・・・きっと能力の無い君は直ぐに捕まって自由を奪われてしまうだろう」
筵は蝶蝶の心を見透かしている様に、いつもの半笑いで蝶蝶の顔を伺いつつ続ける。
「君がやりたいことは、能力を失って死ぬ事じゃない。能力を失い生きる事だろ?・・・可哀想だけど、この戦いは最初から君の負けで決着が付いている。あと君に残されているのはいかに負けを小さくするかの選択だけなんだよ。気づいてなかったかな?」
筵の言葉に蝶蝶の表情は少しづつ変化し、動揺しているように言葉にならない言葉を発する。
しかし、筵はそれを無視して尚も喋り続ける。
「よく“優しい嘘“と“残酷な真実“どちらがいい?という問があるよね。でもこの答えは分かりきっている。そう、みんな“優しい真実“が欲しいんだ。例えばある問に対して誰もが本当はカレー味のカレーを欲するのと同様に。・・・当たり前のことだよ。でも実際はそう上手くは行かない。・・・この場合、”優しい真実”は天地堕としを完成させ、君は何処か遠くで幸せに暮らす。そして”残酷な真実”とは、天地堕としを完成させるがその後、能力を失った君は警察に捕まり最悪、死刑になる。あるいは因果応報で巨大なハーベストに踏み潰されて終わりと言うオチかもしれない」
「で、でも、筵、貴方が協力してくれれば、2人なら上手く出来るはず・・・」
「だから、最初に誘いは断った筈だよね?」
ようやく口を開いた蝶蝶に対して再び笑い、キッパリと断る。
「でも、もし君が天地堕としを完成させてくれたら、それはそれでいいかもしれない。君は捕まってしまうだろうけれど、能力が失われ不死から解放された僕はきっと普通の人生を送っていく事になるだろうからね。社会の歯車の一つとして上司の小言に耐えながら働く。うん、実に普通で悪くない。そうなったら何時か君以外の誰かと結婚するだろう、子供は3人が理想かな?出来れば女の子2人と男の子1人がいいね。それでいつか不便でない位に田舎な土地に一軒家を建てる。やがて子供たちはそれぞれ結婚して、5人程の可愛い孫ができ、仕事ではそれなりの役職で働き、定年退職、その後の余生は年に数回会いに来てくれる孫に会うのを楽しみに趣味を謳歌したり、あるいは孫へのプレゼントを買うためにバイトをするのもいいかもしれない。そして、いつか迎えが来たなら、逆らわずにポックリと行ってしまう。・・・なんて・・・幸せな人生だと思わないかい?」
筵は語り終わると、睨みつけてくる蝶蝶から何気なく目を逸らし、クリスタルを見上げた。




