天使戦でも平常授業 2
”本当に信用ならない奴だよ、日室刀牙は”という筵の無責任な発言に、本来ならツッコミを入れたいところだったが、いつに無く真剣な顔をする筵を見て、皆黙り込んでしまった。
その雰囲気に気づいた筵は、表情をいつものニヤけ面に戻した。
「なんてね、あれれ、みんな今のはツッコミ待ちだんたんだけどな」
「なんだよ、なんか真剣な顔だったから、本気かと思ったじゃねーかよ」
梨理はそんな重い空気を少しでも緩和するために少し大きめの声で言い、筵の肩を組む。
「そ、そうだ、筵、やっぱり打ち上げやらない?今更、オレ達が他のクラスに気を使っても、仕方ないでしょ?」
譜緒流手は少し慌てた様子で、話題を変えるため、話しを逸らそうとする。それは、何故、筵が真剣な表情になったのか知っていたからである。
筵は、中学の時のある事件以来、幼馴染みだった、藤居かぐやから一方的に嫌われている。しかし、筵はZクラスのメンバーと同様、藤居かぐやも命を懸けて守るつもりだった。
その行為をストーカーと思った日室刀牙は筵と接触し、ある約束を交わした。
”本田筵が二度と藤居に近づかない代わりに、日室刀牙が命を懸けてかぐやを守る”というものだった。
そして、先ほどの、日室刀牙が異世界へと消えたという話。筵はきっと約束が破られたと思ったに違いない。
譜緒流手は、再び筵が、かぐやの事を守りに行ってしまうことが、面白くなかった。
「ねぇ、みんな、どうかな?」
「お、おう」
「まあ、やりますか」
「譜緒流手先輩が言うのなら」
「そうですね、やりましょう」
「なになに、何の話?」
帰ってきたばかりのれん子は、話の内容が理解出来なかったようだが、譜緒流手の何時になく必死な様子に、打ち上げに反対していた者達も同意した。
コン、コン、コン
Zクラスのドアが何者かかによって叩かれる。それはとても珍しい事だった。
この教室に入ってくるのは、Zクラスのメンバーと、あとは納屋蜂鳥くらいのものなのだが、蜂鳥はノックなどしない。
「楼じゃねーか?」
「いや、楼ちゃんからはさっき、”中学の生徒会室で待機させられてる”ってメールがあったよ」
梨理の予想に対して筵が答える。
ドアに一番近いところに座わっていた譜緒流手がドアのところまで行き、ドアを開く。
するとそこには、生徒会長であり、カトリーナ グレイスフィールドの姉、スチュワート グレイスフィールドと、筵と譜緒流手の元幼馴染みであり、今は絶縁状態の藤居かぐやの姿があった。
「で、どうしたんですか?藤居さん」
「なにそれ、当てつけ?」
筵の名前の呼び方に、低めの声で質問を返すかぐや。
4つの机を合体させて、片方に筵とれん子、もう片方にスチュワートとかぐやが座っていて少し重苦しい雰囲気が漂っていた。
「当てつけではないよ。ただ、ストーカーと思われたく無いだけだよ?」
「それを、当てつけっていうんでしょ。それにあれはどう考えてもストーカーだったでしょ?」
「違うね、日室刀牙くんにも言ったけど。僕は、君の行動を監視し、君に危険がせまったら命に変えても守りたいと思っていただけだよ。性的欲求は全くない」
それは、滅茶苦茶な言葉だったが、その場にいるスチュワート以外の人物は、筵がそれを心の底から言っているのだと分かった。
「で?どんな目的で来たのかな?」
筵が再び質問すると、スチュワートは一度咳払いをしてから話し始める。
「もう、知っているかもしれませんが、刀牙が仲間を追って、異世界行ってしまい、行方不明になってしまったのです・・・」
「それで?私達に出来ることなんて、無いと思うけど?」
スチュワートの説明を遮ったれん子はZクラスの実情について語った。
「だから、その、栖さんの・・・・・・力を貸りたいの」
かぐやは、言葉を詰まらせながらZクラスを訪れた真の理由を語った。。
栖とは、筵の母親のことで世界最強の能力者として名前が知られている。筵と幼馴染みのかぐやは栖とも知り合いであった。
その言葉を聞いた筵は少し真面目な顔からいつもの半笑いに戻った。
「なんだそんな事か。それなら、僕になんて会いに来ないで直接、家に行けばいいと思うよ?君のことだから僕と絶縁状態なのに、僕の母である本田栖の力を借りるのは、気が引けたんだろうけどね。君なりのケジメなのかもしれないけど、自分を正しく保つための、自分の為だけのケジメには、何の価値もないよ。返って相手をイラつかせる事もあるから、次からは気をつけてね。楼ちゃんは僕が外に連れ出しておくから、今からでも訪ねに行くといいよ」
「昔から、あんたのそういう所が・・・・・・」
かぐやは筵に文句を言おうとしたが、お願いをしている立場上グッと堪え黙り込んだ。
「□□□□□□□□□□□□」
譜緒流手が誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。
「許してあげてもいいんじゃないかな?譜緒流手ちゃん」
さすがの地獄耳を持つ筵は、聞き取れた様で、譜緒流手に笑顔を向けながら語りかける。
「そんなのダメだ、むしが良すぎる!!」
譜緒流手は、今度はうるさいくらいの大きな声で叫ぶ。
それには、かぐやとスチュワートだけでなくZクラスのメンバーも驚き、押し黙ってしまう。そして、今回に至っては、本田筵もその例外では無かった。
譜緒流手の言葉に慌てた様子のかぐやは椅子から立ち上がり譜緒流手の方を向いた。
「ちょ、ちょっと、何であんたがそんなの決めてるのよ」
「今の男のピンチを昔の男に助けてもらおうなんて、最低だよ」
「はあ?何が昔の男よ、それに依頼したいのは栖さんよ」
「それも筵と幼馴染みだったから、知り合えたんでしょ?」
「だ、だから、ここに来てコイツに直接、頼んでるんでるじゃない」
「コイツ?そんなの人に物を頼む態度じゃない」
元幼馴染み同士の激しい口喧嘩に、他人は口を出せる状況では無かった。
言葉をぶつけ合い、お互いを睨むかぐやと譜緒流手。
筵は頭を抱えながら立ち上がり譜緒流手の肩を軽く叩く。
「ごめんね、譜緒流手ちゃん、そんな事言わせて」
そして、筵はかぐやの方を向き直す。
「藤居さん、やっぱりさっきのは無しで、うちにも来ないでくれるかな?」
「なぁっ・・・・・・・」
筵は、先ほどの発言を撤回して、かぐやが栖に依頼をする事を拒否した。それに唖然とするかぐや。
スチュワートは、筵のその発言に焦り、れん子に向かって声をかける。
「し、四ノ宮れん子さん、貴女は確か刀牙とは幼馴染みでしたよね、いいのですか?」
「別に、アイツとは縁を切ったからね、それに私は、このZクラスを何より大切に思ってる。譜緒流手が嫌がっている事をさせたくはない」
れん子はさぞ当たり前のように淡々と答える。いつもは少し頼りないれん子だが、いざという時には、一本筋が通っている。
「カトリーナ!!」
スチュワートは慌てて、妹であるカトリーナを探す。
しかしカトリーナは既に、れん子の影に隠れていた。
「あなたたちは、今まで、どれだけ刀牙に助けられて来たか、わかってるの?」
スチュワートはzクラスの全員に向けて言った。スチュワートの言葉は"ただの事実"であり、決して嘘ではなかった。
しかし、その言葉が誰かの怒りに触れないとは限らなかった。そして、今回は梨理のそれに触れてしまったようでスチュワートの前の机を強めに叩く。
「あたしらの処世術の一つに、こんな言葉があるんだよ。助けてなんて頼んでない・・・ってな!!会長さん、すまねーが帰ってくれねーか?」
梨理は出口の方を指さし退出を促した。
しばらく睨み合いのような状況が続いたが、どうしようもないと察したスチュワートとかぐやは、怒りと落胆と悔しさ等を諸々を抱えZクラスを後にした。
しばらく、シーンとした静寂のあった後、筵は手をパチンと打ち鳴らした。
「さあ、打ち上げでもしようか」