天地堕としで・・・ 1
深夜、Zクラス。
結局、防衛と異変解決の2班の組み分けは最終決定せずに、その後Zクラスに来た蜂鳥によって、恐らく異変解決に当てられるであろうという話があった。
そして、そのまま待機。
帰宅は許されず、まさかの2日連続での外泊を余儀なくされ、今に至っていた。
そして現在、教室を少しだけ改良して、支給された布団を敷き、皆が寝静まっている中、筵は1人見張りをしつつ、最近の出来事について振り返っていた。
Zクラスのメンバーに対する認識を改めた事、魔剣について明かしたこと、どちらも悪い事では無い、着実な進歩ではあった。
しかし、“これで良かったのか?“という心の取っかかりが残っていた。選択するとはそういう事であり、常に葛藤が付き纏う物、そう言ってしまえばそれまでだが、筵はこの時間が好きではなかった。
昨日のように寝って今日を終わらせて、脳裏の裏に仕舞い込み、誰もが嫌なことがあった時にそうするように、記憶の彼方で客観視して過去にしてしまえば楽だったが、今日はそうはいかなかった。
そんな心境の中、眠っているZクラスのメンバーと子供たちを眺めていると、ふと窓の外に光る発光体が浮かんでいるのを目撃する。
目を凝らして見ると、その発光体の正体が蝶であることが分かる。
筵は皆を起さないように窓際まで移動し、その蝶の動きに警戒していると、その蝶は敵意がないことを示すように美しく舞う、そしてその舞いは同時に筵を誘うようにも感じられた。
数秒間舞った光の蝶は、やがてヒラヒラと学園の外へ向かって飛び立つ。
その状況に筵は少し考えた挙句、ノートを切り取り、さらに万年筆型の魔剣、サンスティロを呼び出すと少量の血を吸わせその紙に何かを殴り書きする。
そしてそれを書き終わるとその紙は自動的に蝶の形に自分を折り、先程の光の蝶を追って飛び立った。
それから数分後、筵の携帯のバイブ音が響き、それを待っていたとばかりに廊下で待機していた筵はその電話を取る。
「もしもし」
「こんばんわ。とてもロマンティックな、電話番号の渡し方、ありがとうございます。血で書かれている所が実にワイルドで、いい雰囲気のバーでやられたら1発で落ちてしまう所でした。惜しかったですね。初めましてワタシは星宮蝶蝶と申します」
筵が電話に出ると、電話を掛けてきた蝶蝶は自己紹介ついでに淡々と冗談を言う。
「こちらこそ、初めまして本田筵です。君こそ、色々考えていた時にあの光の蝶の演出はとても憎い感じだったよ」
「そうですか?あれはワタシの、出来事を夢に変える、胡蝶よ華よで作られた夢と現実を揺蕩う儚き胡蝶。ワタシの畏怖すべき呪いの産物なのですが」
「胡蝶よ華よか・・・、関係無いけどエレクトリカルの部分から何故だか“夢“的な雰囲気も感じられるね。うん、いい名前だ」
筵はそんな、挨拶がてらの前置きを終えると続けて本題へと移る。
「・・・でこんな深夜にハーベスト教団の一員である君が一体どうしたのかな」
「おや、知っているのなら話が早い。しかし、ただ1つ誤解を解いておきたいのですが、ワタシはハーベスト教団の表の思想や裏の目的に賛同して在籍している訳では無いんです」
「ふーん、その心は?」
「信じなくてもいいですが・・・ああ、やっぱり信じてほしいのですが、ワタシが今ここに居るのは完全な単独行動です。そうでなければ最初、時点で攻撃しているはずでしょう?」
「ああ、確かにそうだね。となると、なぜ単独行動してまでここに来たんだい」
「それはワタシの目的を円滑に遂行するためです。ワタシの目的はこの忌まわしい呪いを解くこと、そのためには、今、起きている異変、“天地堕とし“が必要不可欠です。そして同じ呪いを持つ、筵、貴方にワタシの仲間になってほしいのです」
「同じ呪いを持つとか仲間とかよく分からないなあ?、だって能力を無効化するのは今、現在、君たちがやっていることじゃないかい?」
「ええ、まあ半分は、しかし、ハーベスト教団の奴らは天地堕としを完成させる気がない。この質力のまま規模を広げていくつもりです」
「・・・」
筵と蝶蝶との会話が一時的に途絶えると、蝶蝶は筵を引き入れるため呪いについての説明を始める。
「呪いとは寄生虫の様なもの、それは被害者が死なない様に力を与えます。貴方は死後10秒以内の復活を余儀なくされ、ワタシはワタシ自身に与えられる攻撃などの出来事を問答無用で夢に変えてしまう。そして、それぞれにはその呪い独自のリスクが存在する。心当たりはありませんか?」
蝶蝶の口から出たリスクという言葉、それは紛れも無く何時か、時が来たら永遠に死に続ける存在になる事であると確信できた。
「貴方の能力は間違いなく呪いです。どうです?ワタシと一緒に天地堕としを完成させてこの世界から超常を奪い、呪いを解きませんか?・・・返事はまた今度でも構いません。どうか考えておいてほしいです」
蝶蝶は少しだけ興奮した様子で筵に語りかけた後、考える時間を与え電話を切ろうとする。
「てふてふ、悪いけどそれは断らされせてもらうよ」
「えっ?」
蝶蝶はあまりにも早く答えを返して来た筵に対して、不意に声をもらしてしまう。
「君の言う通り、僕の能力は呪いなんだと思うよ。でも呪いだろうが何だろうが、これは今の僕には必要なものなんだ。だから今、失うわけにはいかない。・・・でもだからと言って君に考え直せとは言わないよ。君の呪いのリスクというのがどれ程の物か分からないし、それにこの世の中、一番大切にすべきは自分自身だ。だから君は君のために、その天地堕としとやらの完成を目指し、僕は僕のためにそれを阻止する。どちらが正義でどちらが悪か、何てのはただの多数決だよ。悪い言い方をすれば数の暴力だ。自分の命と世界の命運を天秤に掛けて自分の命を選ぶ者を、誰もが罵る権利を持たないように、君を否定する権利を持つ者はこの世界には存在しない。そこにあるのは自己愛の衝突と、権利も無いのに説教を言う輩だけさ。でもだからこそ、てふてふ。次に僕達が出会ったらその時は戦わなくてはならない」
「・・・ええ、その様ですね。貴方を誘いたかったのですが残念です」
筵の答えを聞いた蝶蝶は自分が筵を誘おうとした本当の理由に気づき、やけにあっさりと納得する。
「そうだね。お茶とかだったらいつでも誘ってくれて良かったんだけど」
筵の何気無く出た、筵らしい言葉に蝶蝶は驚いているのか、数秒間、沈黙しその後、小さな笑う。
「ふふ、でしたら次の次に会ったら、その時はお茶でもしましょう」
今度は心から筵を誘った蝶蝶は筵の返事を聞く前に電話を切る。
そして数秒間、通話終了となった携帯の画面を眺めた後、その携帯を閉じてポケットに仕舞う。
「てふてふ・・・」
蝶蝶は小声で独り言を呟くとそのまま学園のある方向とは逆の方向へと歩いていき、そのまま消えていった。
一方で、筵も廊下から再び教室に戻ると、守りたい者、守るべき者を再確認しながら見張りに戻った。




