クラス旅行で殺人事件 後編 6
「梨理ちゃん?いったい何をしているんだい?」
男子部屋に戻った筵が、既に寝ている湖畔とアジトを起こさない様に気を付けながら自分の布団の方まで移動すると、アジトの横でアジトの寝顔をうっとりとした表情で眺めながら添い寝をしている梨理を発見してしまった。
筵は温泉からから出て15分ほど、大浴場の近くの休憩所で譜緒流手を待っていたのだが、しかし、譜緒流手は有言実行でまだまだ上がってくる気配がなかった。
そのため、最初の譜緒流手の言葉に甘え1人で部屋に戻ることに決め、今に至るわけであるが、まさか最後の同級生のこんな残念な姿を目の当たりにするとは筵も予想だにしていなかった。
しかし、それでも筵は表情は崩すこと無く、小声で梨理に話しかけると梨理も筵の存在に気づき、見上げるように筵の顔を覗き込むが、その表情には全く悪びれる様子なかった。
「ちっ、筵かよ。アジトが起きたらどうすんだ」
「ああ、ごめんごめん・・・。ところ素朴な疑問なんだけど梨理ちゃんは何でそこにいるのかな?」
「はあ?添い寝に決まってんだろ?家では割と一緒に寝てるぞ。・・・まあ普段はアジトが寝てからあたしの布団に引き摺りこむんだがな。それでアジトが寝ぼけてあたしの布団に入って来たってことにしてる」
「それはそれは、仲睦まじくていいね」
「なんだよ、その文句ありそうな顔は?」
筵は普段のポーカーフェイスのような半笑いを崩していなかったつもりだが、梨理はその微妙な変化に気づいたのか、筵を軽く睨みつける。
「文句なんて無いよ?ただ嫉妬してしまっただけだよ?」
「いやぜってー、嘘だろそれ?」
「いやいや、完全に嘘ってことでもないよ?まあそれでも、大半は、朝起きると梨理ちゃんに“お前はまたあたしの布団に入って来て〜、困った奴だな〜“とか言われているであろうアジトを思って難儀に思ったっていう理由だけど。・・・で今日はどうするんだい?アジトを連れていく?それともここで川の時で寝るかい?」
「バカか?そんな事しねーよ」
梨理はそう言うとアジトの布団からゆっくりと抜け出して起き上がる。
「オメーが帰ってくるの待ってたんだよ?殺人犯がいる旅館で部屋を開けっ放しで出ていくわけにも行かねーだろ?」
「ああ、その話なら・・・」
「もう解決したんだろ、そんなの分かってんよ。・・・それでも心配だったんだよ」
梨理は筵の言葉を遮り、普段よりも少しだけ優しい表情で笑いかける。
するとそれに釣られ筵も微笑ましいものを見るように梨理の方を見る。
「何なんだよその顔は?」
「何でもないよ?ただ梨理ちゃんの魅力をまた一つ見つけただけ」
「くだらねー事言ってんじゃねーよ。・・・はあ、じゃあ、あたしは自分の部屋に戻るからな」
「何ならここで寝ていくかい?恐らくだけど、この男子部屋は世界一安全だと思うよ」
「だろうなでも止めとくわ。夜這いしたみたいな、究極に不名誉な有らぬ誤解をされたら、流石のあたしも泣くからな」
「まあ、それもそうだね。ところで今思ったけど“夜這い“って言葉を漢字で書くとカッコ良くない?なんかゾンビみたいなイメージで」
「ふぁ〜、そうかもな〜・・・じゃあ、寝みーしあたしは本当に自分の部屋に戻るぜ」
梨理は下らなそうに筵の話をスルーしつつ、大きくあくびをすると背中を向け、片腕を上げて小さく手首を振り、ドアの方へと向かう。
「ああ、そうだ」
しかし、梨理はドアへと向かっている途中でなにかに気づいたように振り返る。その梨理の表情は先程までとは違い少し真面目なものであった。
「今回も一人で全部やりやがって、あんま調子にのんなよ。たまには何もしないで待たされてるこっちの身にもなれよな」
梨理と筵はそのまま少しの間、真剣な表情で見つめ合う。
「じゃあそういう事だからおやすみ」
数秒間の静寂の後、梨理は別れの挨拶をすると再びドアへと向かうためと身体を反転させる。
すると筵がそんな梨理の後ろ姿に向けて笑いかける。
「でも、ありがとうみたいなデレ要素は無いんだね」
「はあ?あたりめーだろ?それはあたしの役割じゃねーからな」
最後に意味深な言葉と表情を見せた梨理は、今度こそ本当に歩いてドアまで行き、ゆっくりと開くとするりと廊下の方へと消えて行った。
そして、間接照明が小さく付いているだけの薄暗い部屋に残された筵はそのままの態勢のまま、事件を解決してから会った3人の同級生の事を考える。
薄々分かってはいた事だったが、それが確信に近いものに変わろうとしていた。
あの3人は既に自分たちの身は自分たちで守ることが出来る。とうに筵の保護を必要としていない。
自分の子供の様に愛することが出来なくなった彼女らにどう接すればいいか筵はまだ分からないでいた。
「はあ、これでは彼に偉そうな事を言える立場ではないね」
筵は自分と対照的な男の顔を思い浮かべため息をつくと、ゆっくりとした動きで自身の布団に入り、目を瞑った。そして本来は必要としない眠りへと逃げていくのだった。




